[ 思 い や り 、 想 い あ う ]





文化祭の準備が思うように進まなかった。
みんなで大ゲンカもした。
秋になって夜空が広がる時間も早まる。
5時なのに窓の向こうは薄暗い。
ため息をついた。
少し気分が楽になるかと思ったけれど、思ったとおりにはならなかった。
余計、空気が重たくなった。
早く家に帰りたい。
みんなが思っていることを、私も思った。

収束するどころか発散してしまった。
部長の「今日は寝よう」という言葉で解散になる。
時計を見れば午後7時。
こんな暗い中ひとりで帰るのは心細いなと思いながら、学校を出た。
同じ方向に帰る仲間がいないから、ひとりぼっち。
何もおきませんようにと祈りながら早足で駅へ向かう。

こんなとき景吾がいてくれたらな、と思った。
思ったとおりになるわけないけれど、そう思うだけで景吾が傍にいるような気分になれた。
思ったり、願うのは、悪いことじゃない。

思ったとおりになった。
背の高い男の人が前を歩いていた。
わりとゆっくり歩いているから、私の早足で追いつける。
近づくほどに、輪郭が景吾にそっくりで、景吾だったら嬉しいなと思いながら背中を追いかけた。
あぁ、景吾だ。
ひとりぼっちじゃなかった。
嬉しくて、声を掛けることを忘れていたら、景吾が振り返って私を見つけてくれた。
驚いた顔をしたけれど、その後すぐに笑ってくれた。





・・・まだ帰ってなかったのか?」

「うん、部活遅くなって」

「もうすぐ文化祭だしな」





景吾は手を差し出す。
私は景吾の手をぎゅっと握った。
手を繋いで歩くと、なんだか幸せな気分になれた。
文化祭の準備が進まなかったことも、ケンカしたことも忘れられないけれど、荒んだ心が少し潤った。
なんだか泣けてきた。
うれし泣き?
空いた手で、涙をぬぐった。
視界は悪くなるけれど、景吾が手を引いてくれているから大丈夫。
道に迷ったりしないよ。転んだりもしないよ。

普段はたくさん話す私だけれど、今日は話す気分になれなかった。
ただ、景吾の傍にいられることだけで幸せだから。
傍にいるだけで満足できるのは女の子だけなのかな。
だったら、景吾は満足していない。
とても申し訳ない気持ちになる。
私だけ満たされて、景吾は満たされていないなんて、不公平だ。

黙ったままの私を不審に思って当然だ。
景吾は珍獣を見るかのような目つきで私を見ていた。





「調子悪いのか?がしゃべんないなんて珍しいよな」

「う、ううん。ちょっと疲れただけ」

「今日はしっかり寝ろよ。また明日も準備あんだろ?」

「うん、大丈夫だよ。しっかり寝て、明日に備える。景吾もちゃんと寝るんだよ」

「わかりました」





今日もここでお別れだ。
私は景吾の手を離した。
「おやすみ、また明日ね」景吾の心を満たせないまま別れるのは心残りだ。
うつむいていたら、おでこをトンと突かれた。
「浮かない顔すんな。笑って見送れよ」と当たり前のことを言う景吾。
そうだ、せめて笑顔の私を見せなくちゃ。
少し笑ったけれど、うまく笑えなかったみたいで、景吾は不満そうな顔をしている。
もう一度笑おうとしたら、景吾に止められた。





「もう無理に笑うな。笑って見送れなんて冗談だ。疲れてんのに無理させてるのは俺だから・・・」

「違う、そんなことないよ。笑って見送ってほしい気持ちはわかるから、応えたいの、その気持ちに」

「文化祭終わるまで待っててやるよ。やっかいごと、全部済んだらちゃんと笑えよな」

「うん、ありがとう。いつも、ごめんね」





景吾は笑ってくれた。
口の端を少し上げてにやりと笑い、私の後頭部をがっちり手のひらで押さえてキスをする。
「ごちそうさま、また明日な」と言い、景吾は私とは別の道を歩いていった。
景吾の思いやりを大切にして、明日から全力で文化祭の準備に望もうと思った。
それが終わったら、今度は私が景吾を思いやる番だ。









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わりと、すらすら書けたと思われます。
文化祭の準備で居残りなんて、もう4年近くおさらばしてます。
今から思えば、高校時代は青春でした。

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