[ L O V E M E ? ]





疲れたときに帰る場所があれば、それだけで頑張れたり安らげたりする。
約束も連絡もせずに向かった先は、の家。
オートロックのないワンルームマンション。
入り口をくぐり、階段を上った先の3階の部屋。
チャイムを鳴らしてしばらく待つ。
カチャと鍵が解かれて、扉が開かれた。
相手を確認せずに出るのは無用心だなと思いつつ、笑顔のが顔をのぞかせていてそんなことも忘れてしまう。
「いらっしゃい」と俺の来訪を何の疑問も持たず迎えてくれる。

「何か食べる?飲む?」尋ねるの声は優しくて癒される。
「あぁ」と生返事をすれば「あぁ、じゃどっちかわかんないよ」と呆れて笑う。
「晩ご飯作るから、食べてよ」エプロンを身にまとったは、立派な主婦の表情を見せていた。
棚に並べられた専門書。すみに料理の本がぎっしりつまっている。
は冷蔵庫の中身を確認し、料理の本を1冊とりだして献立を考えている。

疲れた、ただその一言につきる。
体力的にも精神的にも、どうすれば休まるのかもわからなくなってしまった。
食べても寝ても、体力が完全に回復しない。
自分をもちあげる方法を、忘れてしまった。
多分、今の俺は何をやってもうまくいかない。
それで、の元を訪れた。
社会人になったの貴重な休みの日を、俺のためにつぶさせてはいけないけれど、自分勝手なことしか考えられなかった。

「どしたの?元気ないんじゃない?」声を掛けられて、ずっと俯いていたことに気がついた。
返事をする気力もなくて、首を少しだけ横に振った。
「少し、横になれば?私のベッド、空いてるし」はコンロで鍋の中身をかきまぜていた。
動くことすらだるい。
ソファに腰掛けていた俺は、そのままソファの上で横になる。
ぼーっと、ただの後姿を見ていると、まぶたが重くなって、重力に勝てなくなった。

俺には何が足りない?何かを失ったのか?
疑問ばかり浮かんで、答えは見つからない。
なんとなく、精神的に弱っているから、体力的にも回復しないことがわかった。
精神を回復するには何をすればいい?
何が必要なんだ?
誰か、教えてくれよ。

あぁ、誰も教えてはくれないさ。

俺が答えを探さなくちゃ。

追い詰められて、目が覚めた。
夢の中でも、俺はソファに横たわっていた。
夢と現実の境目が、うまく見えなかった。
少し、怖くなった。

「おはよう」と笑顔のあいさつ。
頷きながら、「おはよう」と言えた。
「気持ちよさそうに眠ってたよ」と言われたけれど、実際、心地のよい眠りだったわけじゃない。
けれど、少しだけ体力的に回復できた。なぜだろう。

テーブルに並べられた夕食。
「いただきます」と言った後はただ沈黙が続く。
に聞いて欲しいことがあるわけでもなく、ただなんとなく訪れただけのこの部屋。
先に口を開いたのはだった。
沈黙が耐え切れないわけじゃなくて、沈黙の意味をわかったのだ。
俺には話すことがないということ、を。



「久しぶりに平日のオフだからさ、おもいっきり買い物してきたの。休みの日は混んでるからね」

「あぁ、あれ?」

「そう、あの袋の山!持って帰るのが大変で、駅からタクシー使っちゃった。しばらくは節約ねー」



俺のこと想ってか、沈黙に耐え切れなくてか、真相はわからないけれど、は自分のことを話していく。
楽しそうな表情が続く。
愚痴なんてなくて、楽しいこと、嬉しいこと、そんな話をはしていた。
いつも笑っている
そんな表情を見ているだけで、元気になれる。
足りないのは笑顔か。そうかもしれない。
笑うことを忘れていた。

口元を緩めるにはエネルギーがいる。
これは無駄なエネルギーなんかじゃない。
ちゃんと、俺には必要な消費エネルギーだ。
ほんの少しの行動、膨大な量のエネルギー、たった少し口元を緩めるだけで、心がスーっと軽くなった。
心の扉が開いた気がした。
顔をあげれば、が驚いた表情を見せていた。
こちらも驚いてしまう。
は何に対して驚いていたのだろう、驚くことなんて何も起こっていないのに。



「景吾、ちょっと口元が緩んだ。ずっと緊張してたみたいだったのに」

「そうか?」

「うん、よかった。
 なんだか疲れてるみたいだったから、ちょっとだけ疲れとれたのかなって思うと安心した」

「疲れてたな。・・・なんか、人生が義務みたいで、サイクル途切れなくて」



一転して、辛そうな表情をする
言わなければよかったと、後悔した。
「よかった、ちゃんと話してくれて」微笑むは、空になった食器を流し台へ運んでいった。
また何も言えなくなって、椅子の上で凍りつく。
なんて、なさけないのだろう。
に頼ってばかりで、心配掛けてばかりで。

ふわっとした甘い匂いにつつまれる。
後ろから、に抱きしめられた。
の頬が、俺の頬と触れるくらい、近い距離にある。



「疲れたときは疲れたって言えばいいんだよ。愚痴でもいいんだよ、私は景吾の話が聞きたいから」

に、これ以上迷惑かけたくない。けど、疲れたらどうすればいいか・・・」

「どうすればいいかなんてわかんないよ、私も。ただ、疲れたとき景吾の近くにいると、少し元気になれるから。
 だから、景吾が疲れたときに、私の近くで元気になれるのならなんだってするよ」



こういうのを、愛されてるって言うのだろうか。
頷いた拍子に、涙がこぼれおちた。









**************************************************

暗いお話ね、はい。
私の愛はきっと偏愛なんだろうなぁ。
音楽にばっか走ってしまって、もう音楽にしか愛を捧げなくなってる。

inserted by FC2 system