[ 本 命 チ ョ コ ]















想いを伝えようと考えたことはある。
けれど、毎年、毎年、段ボール箱数箱分もの大量のバレンタインプレゼントをもらっている跡部に、チョコを渡せない。
顔か、金か、それとも内面性か、何に惹かれて彼女達が跡部に黄色い声をあげるのかはわからない。
だから、想いを伝えたってあの不特定多数の彼女達の1人にすぎないと思われるのが、嫌だ。
ここ数年は、友達やお世話になった人に渡す友チョコを大量に作っている。
そして、そのうちの1つを跡部に渡していた。忍足や宍戸にはお世話になっているから、ついでと言えばついで。
好きだから、友達として一生傍にいられればいいなと、最近思うようになっている。





スーパーの折り込み広告、電車の吊り広告、どこもかしこもバレンタインのチョコレート特集ばかり。
もちろん、甘党としてこの特集が嫌なわけがない。
自分が食べたいものを探して、手ごろな値段であれば購入する。
あとは、友チョコの為のレシピを調べ、材料を買いに行く。
友チョコは手作りがいい。
味見してもらうという意味もあるけれど、お世話になっているのだから感謝の気持ちを込めて精一杯作りたい。





バレンタイン目前の日曜日。私は、夕方、思い立ってスーパーへ足を運ぶ。
バレンタインまでで最後の日曜日だから、バレンタイン特集コーナーは込み合っている。
板チョコを5枚、チョコを入れるアルミカップ、デコレーションに使うカラースプレー、アラザン、包装用の袋、
買い物かごに入れるとかなりの量になる。もちろん、値段だってそれなりにする。
白いビニール袋に買った商品をしまい、私は家へ帰る。





バレンタインデー前日は平日。授業が終わってから家で作ることになる。
私はイメージトレーニングをする。
授業が終わって家に帰って、手洗いうがいをして、キッチンでチョコを溶かす。
溶けたらアルミカップにそそいで、デコレーションをして、冷蔵庫の中で冷やす。
頭の中であーだこーだ考えていたら、曲がり角で誰かと正面衝突した。
慌てて「ごめんなさい」と謝って顔をあげると、驚いた表情の跡部がいた。
跡部は「かよ。ちゃんと前見て歩けよな。転んでケガしたらどうすんだよ」と言い、私にでこピンをくらわせる。
私は眉間に皺を寄せてむっつりとした表情をとる。
「ま、ぶつかったのが俺でよかったな。それより、お前、何してんの?」と跡部は言い、私の右手にぶらさがったビニール袋を見る。
私は跡部の前に袋を広げて中身を見せる。「バレンタイン用のチョコの材料だよ」と。










「ふーん」





「ふーんて、自分で尋ねといて・・・。今年もちゃーんと跡部の分作るよ。
 たくさん作らなくちゃいけないから、友チョコって大変」





「今年も、本命は作らねぇのかよ?」










跡部からそんなことを質問されて驚いた。
答える義理も無いけれど、本命チョコを作ったとして、渡す相手から質問されているのだから、答えられるわけがない。
私はドキドキしながら小さな声で「作らないよ」と言った。
「つまんねーの」と言った跡部の表情が、なんだか寂しそうだった。
からかう相手がいなくてつまらないのだろうか。そんな子供じみたこと、跡部が考えるとは思わない。
「好きな奴、いるんだろ?」と尋ねられ、私は頬を赤く染める。
跡部のインサイトには、誰も敵わない。私に好きな人がいることも見透かされている。
いや、もしかしたら、こう質問することで答えを引き出せると策略を立てているのかもしれない。
私からそんなことを聞き出して、跡部にメリットはあるのか?





私は「いるよ」と答えた。嘘をつく必要も無いから。
好きな人は目の前にいる。でも、「好き」という感情の他に「尊敬」の感情もある。
尊敬しているから、私のことを好きになってくれなくても友達として一生付き合えたらそれで幸せだ。
そんな気持ち、跡部に理解できるとは思えないし、本当に理解してくれないのだ。
「誰かを好きになったら、そいつに自分のこと好きになってほしいと思うのは当たり前だろ」と。
私だってそう思う。けれど、跡部が私を好きになる確率なんてゼロに等しい。





冷たい風が吹き付ける。夕日が沈みかけ、薄暗い道端で話し込んでいることに気づいた。
いつでもできる会話をしていたので、私は切り上げて帰ろうと提案した。ここは寒い。
「送ってく」と言い、跡部は自身の家とは逆方向の私の家へ向かう。
私は遠慮したが、「危ないだろ」と言って跡部は取り合ってくれない。
跡部のご好意に甘えて、私は家まで送ってもらった。
本当に楽しいひとときだった。





家に着いたら、跡部にお礼を言う。
バレンタインデーにも感謝の気持ちをこめてチョコレートを送るよ。
手を振ろうとしたら、跡部が鋭い目で私を見ていた。
私は驚きで目を見開く。
何があるのか尋ねようとたけれど、跡部が先に口を開いて制した。










「俺に作れよ、本命チョコ」





「え?」





「作る予定ないんだったら俺に作れって言ったんだよ。・・・前から、のことが好きなんだ。じゃぁな」










吐き捨てるように言った告白の言葉、私にしっかり届いた。
照れ隠しで顔を背けて帰っていく姿もしっかり目に焼きついた。
私は玄関の前で呆然と立ちつくす。
ただ、頭の隅でバレンタインデーまでにもう一度、本命チョコ用の材料を買いに行かなくちゃいけないと思った。



















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「俺に、本命チョコ作ってください」がテーマ。
甘いものが苦手な友達は、お菓子作ってくれと言われても
作る本人は甘いもの嫌いだから作りたくないと文句を言ってました。


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