[ 受 験 生 ]















と進路の話をした覚えは無くて、互いの進路について知ったのは風の運んだ噂だった。
俺が内部進学で氷帝の大学への合格が決まった次の日、誰かがと同じ大学を目指しているという話を聞いた。
休み時間、は噂を聞きつけて俺の元にやってくる。
「合格おめでとう」と言うの顔は、自分のことのように喜んでいるようだった。





「景吾も大学決まったんだし、私も頑張らなくちゃね!」



「外、受けるんだろ?なら推薦で上にあがれたのに、わざわざどうして」



「氷帝には私のやりたいことないからね、仕方ないよ。
 私もみんなと一緒に上にあがりたいけど、こればかりは譲れないからね」





中等部の頃からずっと一緒に過ごしてきた。
大学でもその先もずっと一緒にいられると思っていたけれど、現実は違っていた。
そんなもんだ、ずっと一緒にいなくたって生きてはいられる、想いも通じ合う。










あれから数ヶ月が経ち、冬休みになった。
新年を向かえ、ずっと家にこもりきりだったので、気晴らしに外へ出てみた。
ジャケットのすそから風が吹き込む。
見上げれば青い空が広がっていて、東京の空気も新鮮に思える。
門を開いて公道へ出ると、人気はなくてまだ正月なのだと実感する。
坂道を下り近所の公園へ行くと、やはり誰もいなくて淋しく感じる。





誰もいない公園。
暖かい陽射しを浴び、一人ブランコに乗る。
小さい頃は立ちこぎをするのが大好きだったけれど、高校生になった今ではブランコが小さすぎる。
立てば柱に頭をぶつけてしまう。
本当に時間が経つのは早い。





ふと視線を前にやると、自転車に乗った少女が通り過ぎた。
あの横顔、髪型、ジャケットと自転車の色、以外ありえない。
声を掛けようと口を開きかけたところで、がこちらを向いた。
は急ブレーキをかけて進行方向を公園に変える。
俺がブランコに乗っていることを不思議そうに思っているだった。





「景吾がブランコって、なんか変な感じー」



「似合ってなくて悪かったな。小さい頃はよく遊んだんだ」



「私もたまには乗ろうっと」





足で地面を蹴り、ブランコを揺らす。
そんな行動だけで心が落ち着く、安らぐ。
隣にがいると、もっともっと安らぐ、幸せな気分になれる。
は、何を思っているのだろう。
ずっと遠くを見つめたまま、何も話さない。
疲れた表情で、遠くを見ていた。
俺には、話しかける言葉すら浮かばない。
受験生と、合格の決まったただの高校生。





違いすぎる。





隣に座ったの姿を見続ける。
俺より小さな身体で、きっとたくさん重いものを抱えているのだろう。
それに比べたら、俺は何も抱えずに生きているように思える。
ふと、灯果莉を見ると、思いつめた表情で一生懸命口を動かそうとしていた。




「なんだか・・・・・・疲れた。ただひたすら勉強して、受かったらきっと素敵なキャンパスライフ、みたいなノリ。
 勉強が義務的な作業に感じちゃって、夢も希望もありません。
 息がつまって死んじゃいそうになったから、とりあえず散歩しようと思って自転車乗ってたんだけど」



「で、俺に会いに来たってわけ?」



「うん。顔見たら、なんだかほっとできた。私にとって勉強は義務だもんね。頑張らなきゃ」



「無理すんなよ。夢も希望もないとか、らしくねぇし。なるようになるさ」





今日、に出会ってから初めて笑顔を見ることができた。
余裕がなかったら笑えない。
俺といることで、少しでもに余裕ができたのなら、それは嬉しいことだ。
いつも、俺はに支えられてばかりで何もしてやれなかったから、
初めての支えになれたようで満足できた。
これで満足していたらいけない、これからもずっと支えにならなくては。





はブランコをこぐのをやめた。
そして手袋をはめた両手をこすりあわせて温める。
軽く頷くと、俺の方を向いて、最高の笑顔を見せた。




「私の戦いだもんね。頑張りまーす」



「おう、その意気だ。俺には手伝えねぇけど、応援ならできるからさ。後悔しないように一生懸命やれよ」



「おう!」





そう言うとは笑顔で手を振って自転車に乗り、元来た方向へ去っていった。
俺の戦いは一段落ついた。けれど、また始まる。
家に帰ったら筋トレしよう。4月なんてすぐにやってくる。
4月になれば、大学でテニスをするのだから。





家に帰ると母親がフェルトで本当に小さな、お守りくらいの大きさの巾着を作っていた。
母親が裁縫をすることはとても珍しい。
不思議に思い、黙ってその作業を眺めていた。
それから、白い紙切れに文字を書き連ねる。
やっと、母親は俺の存在に気づき、声を発した。





「あら、帰ってたの?これ、ちゃんにお守りよ。渡してちょうだい」



「お守り?」



「大学受験でしょ?お守り、あるのとないのじゃ全然違うんだから。
景吾も何かメッセージ書いて中に入れたらどう?」





母親からお守りを託され、へのメッセージを考える。
俺にできることはを応援することだけ。
「頑張れ」なんて普通すぎるし、もう十分は頑張っている。
「全力を出し切れ」なんて、言われなくても全力を出すに決まっている。
だったら何だろう?何と声を掛ければよい?
緊張をほぐして、心を落ち着かせるにはどうすればよい?
考え抜いて、言葉が出てきた。





『一緒に勉強した人、応援してくれた人、みんなの顔を思い出すんだ。
 これはの戦いだ。最後まで戦いぬけよ』





受験会場で、俺のことを思い出してくれれば何よりも嬉しい。
俺の想いをしっかりと託す。
が合格を決めて笑顔になる日が来るまで、しっかり働くんだぞ、と。



















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正月の話を書こうとしたらいつの間にか受験生の話になってしまった。
私は高校受験のときに勉強で行き詰って志望校のランク下げたもんで、
全然前に進まないのが辛いのはわかるつもりです。



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