[ あ り が と う ]





今日は部活がなくて、生徒会の仕事も休み時間に終えて、と一緒に帰るはずだったが。
急に練習試合の打ち合わせが入り、しかも相手校は青学ときた。
長引くことを悟って、俺はを先に帰ってくれと頼んだ。
の顔でなくて、手塚を顔を見なくてはならないというのも俺には不満だった。
忍足を連れて小会議室へ行く。そこには手塚と不二の顔があった。
不二は相変わらず、笑顔を貼り付けていた。





「不機嫌そうだね、跡部」

「当たり前だ。なんでお前らの顔を拝まなくちゃいけねぇんだよ」

「悪いな、跡部。今日しかこちらの都合が合わないんだ。急になって申し訳ない」

「あぁ、そっちが悪いな。ま、言ったところで仕方ねぇけどよ」





4人で打ち合わせをする。試合形式、参加選手、審判、会場、時刻、淡々と事は決まり進んでいく。
それと同時に時も過ぎていく。
空が赤く染まり始めた。今頃、は家でくつろいでいるだろう。
何ヶ月前だろう、とデートをしたのは。
何週間前だろう、と一緒に学校から帰ったのは。
何日前だろう、に会って話をしたのは。
何時間前だろう、携帯でメールを送ったのは。

ため息が漏れる。
不二が不思議そうな顔で俺を見ている。
忍足は俺が不機嫌なのも、ため息を漏らすのも、理由があることをわかっている。
呆れた、と忍足の顔が言っていた。





「なぁ、忍足、どうして跡部はこんなに不機嫌なんだい?」

「1ヶ月ぶりにちゃんと一緒に帰れるはずやったのにな、
 打ち合わせのせいで一緒に帰られへんから跡部様はご立腹やと」

「あぁ、あの噂の彼女だね。かわいいし、気が利くし、思いやりの心がすごくあるって評判だよ。
 確か、桃とか越前が狙ってたはずだけど・・・・・・」

「狙ったってあいつが落ちるわけねぇんだよ、バーカ。・・・って言っとけ」





気が利くのも思いやりの心があるのも当たってる。
だから、俺が守ってやりたいと、を思いやる誰かになりたいと思ったんだ。
けれど、なかなか時間がなくて一緒にいられない。
見捨てられても仕方がないと思うこともある。
誰かが、のことを拾い上げたら俺はそこまでだ。
わかってる、落ちるわけないなんて思っていない。
落ちるわけないと信じたいだけなんだ。

小会議室の扉を誰かがノックした。
「どうぞ」と返事をすると、覚醒したジローが扉を開けて部屋に入ってきた。
覚醒したジローは手がつけられない。
やれやれと俺は肩をすくめたけれどジローは意外と落ち着いていて、不二や手塚にからむことなく俺に話しかけてきた。





「あとべー、ちゃんが教室で待ってたよ」

「あ?帰れって言った・・・」

「うん、帰れって言われたけど、どうしても一緒に帰りたいんだって。
 今すぐ帰ってふとんかぶって寝たいって言ってたけど、教室でも寝れるからって寝てたよ。
 風邪ひいたら困るから俺のブレザー掛けてあげたんだー。
 ちゃん、もう起きたからブレザー返してもらったんだけど、俺ってエライ?」

「あぁ、悪かったな。ありがとう」





ジローは「早くちゃんのとこに行ってあげなよ〜」と手を振って去っていった。
手塚が「後は3人でやるから行ったらどうだ?」と言ってくれたけれど、
それだとのせいで俺が早退したとは思い込んでしまうから、ありがたいことだけれど断った。
3人はが健気な子だと納得していた。





校門まで手塚と不二を見送る。
二人の姿が見えなくなってから、俺と忍足は小会議室へと戻る。
後は、戸締りをして鍵を職員室へ戻すだけだから、忍足に片づけを頼んで俺はの元へ急いだ。
忍足はあっさり片づけを引き受けてくれた。
にからむと、誰もが後片付けを引き受けてくれる。

のクラスに向かう。
教室には明かりが灯っていて、人の存在を伺えた。
扉を開くと、が机の上に広げた筆記用具を片付けているところだった。
笑顔で「お疲れ様」と俺に声を掛けてくれた。





「お疲れ様。さっき景吾が青学の人達のお見送りに行ってたからもう帰れるかなって思ったんだけど。
 景吾の方が帰り仕度早かったね。走ってきた?」

「あぁ、ジローからがいること聞いたから。帰ったと思ってたから驚いた。
 の体調悪いことは前にジローから聞いてたから、無理してほしくなかったんだ。
 無理、するなよ。身体壊したら元も子もないだろ。のことだから尚更・・・」

「ううん、眠いだけ。体調悪くないから大丈夫。ただ、景吾と一緒に帰りたいなって思っただけ」





は話しながら帰り仕度を終える。
ひざ掛け代わりにしていたマフラーを首に巻きなおし、俺の隣に並ぶ。
珍しく、から俺の手を握ってくる。
身体をぎゅっと寄せてくる。
けれど、何も話さない。

こういうの行動は、「淋しい」と言っている。
無言で手を握って身体を寄せてくる。
公共の場でそういうことをするのだから、余程淋しかったのだろう。
思わず、階段の踊り場でをぎゅっと抱きしめた。
ふたつみっつ、足音が近づいて遠ざかった気がした。
男女が階段の踊り場で抱き合っている横を通り過ぎる勇気があるのもどうかと思う。

しばらくして、俺がを解放する。
と手を繋ぎなおすと、「ありがとう」と小さな声が聞こえた。





「別にありがとうって言われるようなことしてねぇけど」

「ううん、景吾がいてくれるだけで、『ありがとう』なんだよ」

「・・・・・・」





はくすっと小さく笑う。
「景吾の顔、真っ赤だよ」と。
空いた自分の手を頬に当てると、少し熱かった。
ひんやりした空気に冷やされた手は、頬から熱を奪い取った。

一緒にいられないのに、何もしてやれないのに。
どうして、はこんなにも健気に俺を思いやってくれるのだろう。
俺の方こそ、がいてくれるだけで『ありがとう』だというのに。





「景吾はいつも頑張ってて、私みたいな役立たずがいたらすごく邪魔みたいに感じるの」

「そんなことねぇよ」

「景吾はいつも遠いところで頑張ってて、部活も、生徒会も、一生懸命だから。すごく、遠い存在みたいに見えたの。
 けど、こうやって一緒にいると景吾は景吾なんだなって。遠くに行っても、帰ってきて私の横にいてくれるの。
 だから、一緒にいると、すっごーく幸せ。
 一緒にいない時間が長すぎたら、本当に私と景吾の距離が長くなってきっと会えなくなる気がするの」





「だから、帰れって言われたけど待ってたの」この言葉に俺は後悔した。
俺の帰りが遅くなることだけを伝えて、後の判断はに任せればよかったと。
実際、は自分で判断して俺を待ってくれた。
を気遣ったつもりが、気持ちをくんでやれず傷つけるようなものになってしまった。
隣に立つを見る。
は笑っていた。全然傷ついてなどいないと。むしろ幸せだと。





「ね、帰ろ?たくさん話したいことあるの。聞いてくれる?」

「あぁ、もちろん聞くさ」





は、俺の隣でとびきりの笑顔を見せてくれた。









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無性に一緒にいたくなることってたまにないですか?
そういうのを表現したかったけど、全く表現しきれてない(;_;)



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