[ Merry Christmas 2014 ]





■柊仁成くんの場合


「柊くん、メリークリスマス!」

学校からの帰り道。馴染みのクラスメイトに声を掛けられた。

東本が、ゆるふわ系とか言ってたっけ。

・・・メリー、クリスマス」
「今日の晩御飯はチキンとケーキなの。ケーキはこれから予約していたのを取りに行くんだけど、楽しみで楽しみで」
「顔がにやけてる」
「うん、もう考えただけで幸せなの」
「よかったな」

の表情は、教室では見たことがないくらい緩んでいる。
それほど嬉しいのだろう。声のトーンもいつもより高い。

「柊くんは何かしないの?」
「一人だからな、何もしねえよ」
「あ、そっか、ひとり暮らしだったね、ごめん」
が謝ることじゃない。次の土曜に、堀井とかが押しかけてくるけど」
「美加ちゃんが?」

堀井の名前を出してから、は堀井のこと知らないかもしれないと思ったが、堀井の名前を呼ぶくらいだから、仲はいいのだろう。
中学が同じだったのだろう。もしくは共通の知人がいるか。
とりあえず、来る人の名前を挙げておく。

「ああ、芳川と東本と、あとは先輩達と忘年会やろうって。も、来る?」
「えっ? わ、わたし?」
「ああ。一人くらい増えても変わんねえし、堀井とは仲いいんだろ?」
「あ、うん。美加ちゃんと菫ちゃんは高校に入ってクラスが違ったから、あんまり遊んだりしなくなったけど・・・」
「じゃあ、久しぶりに話せばいい」
「うん、ありがとう。絶対行く!」

誘ったものの、詳細が未定の忘年会。
の連絡先も知らないから、聞いとくか。
そういえば、女子の連絡先って、堀井と芳川くらいしか知らないな。

「まだ時間とかも決まってないから、今度連絡するな。連絡先、聞いてもいい?」
「もちろん。ちょっと待って。携帯はー、あった。あ、これ、よかったら一緒に食べない?」

鞄の中から携帯を探したときに、別のものを見つけたらしく、俺に差し出す。
掌に載るくらいの薄い箱。クリスマスツリーや雪だるまが鮮やかに描かれている。
このロゴは、あの高級チョコレートの。

「ゴディバのチョコレート?」
「うん、友達にもらったの。クリスマス限定だよ」
がもらったもんだろ? 悪いよ」
「いいの。クリスマスっぽいこと、したほうがいいよ。年に一度なんだから」
「ああ、ありがとう」

俺なんかに気を遣わなくてもいいのにな。
お言葉に甘えて、箱の中のチョコレートを一粒もらった。

「甘いな」
「うん、甘いね」
「おいしい」
「うん、おいしいね」
「ありがとう」
「どういたしまして。って、私も、もらっただけなんだけど」
「季節のイベントに合わせて、何かするっていいもんだな」
「でしょ? 次はお正月だね」
「そうだな」
「どうせ、実家にも帰らないんでしょ? 暇してたら私のこと呼んで。お正月っぽいこと、しよ?」
「ああ、わかった。ありがとな」

正月も実家に帰るつもりはない。
初詣は部活の仲間と行く、かもしれない。
って俺のこと好きなのかなと思ったけど、全然そういう感じがしないし、単純にクラスメイトとして気遣ってくれてるのだろう。
なんか、面白い奴だな。





■高岩覚司くんの場合


部活を終えてレギュラー専用部室へ戻ると、プレゼントの紙袋が山積みになっていた。
クリスマス、か。
どうせ俺が欲しいものはそこにはないんだ。
プレゼントは無視して着替えて帰ろうとした。
部室を出てすぐ、成瀬とが仲よさそうに話している。
は口を大きく横に広げて笑った。
あいつら付き合ってたのか? 聞いてない! クリスマスに振られるとかショック。
は持っていた紙袋から透明のラッピング袋に入ったお菓子を成瀬に渡した。
手作りのお菓子だろうか。
俺も欲しい。
俺が欲しいのはからのプレゼント。
何も贈っていないのに、もらえるわけないのにな。

「高岩」
「おう、成瀬。クリスマスだもんな。よかったな」
がお前と話したいって」
「俺に? 何すか?」
「俺が知るか。本人に聞け」

不貞腐れてに近づくと、は落ち着かないみたいで目をキョロキョロさせている。

、話って?」
「あ、の、高岩くん、お菓子嫌いじゃなかったら、私の手作りとか嫌じゃなかったら、食べて欲しいなーって」
「え?」
「あの、クッキーとマフィン作ったんだけど、食べてくれない? 余っちゃって」

の差し出したそれは、余り物には見えない。
成瀬のラッピングは透明だった。
俺のは中が見えない上に、リボンまできれいにつけられている。
そうか、成瀬がを振って本命用のは受け取れないって言ったんだな。
成瀬が受け取らなかった余りなんだな。

「ごめんね、私、今日おかしいみたいで、高岩くんの邪魔はしたくないんだけど、どうしても言いたくて」
「何を?」
「私、高岩くんのこと、好き」

言い逃げされた。
は俺の手にラッピング袋を押し付け、全力で走っていく。
その背を見送る。
成瀬の声で目が覚める。

「追いかけなくて、いいのか?」
「アホか、俺は。追いかけるに決まってる」

全力でを追いかけた。すぐに追いつけた。当然だ、バスケ部をなめんな。

!」

名前を呼んだらはすぐに立ち止まってこちらを振り返る。
走ったせいか、の顔が赤いな。
スピードを落としたものの走っていた勢いがありすぎて、にぶつかりそうになる。
ぶつかる前に、そのままをぎゅっと抱きしめた。

「メリークリスマス、





■成瀬巧くんの場合


持てるだけ紙袋を持ち、帰路につく。
日が落ちて真っ暗だ。
前を歩く女子生徒のマフラーがクリーム色で、明かりの代わりになっている。
呼びかけたら、こちらを振り返ってくれた。


「成瀬くん。お疲れ様。ふふ、プレゼントの山だね」
「ああ、もったいないからな」
「途中まで持とうか?」
「いや、大丈夫だ。心配ない」
「そう? 気をつけてね」

はクラスの輪の中で大人しくしているほうだから、会話がはずまない。
当たり前だ。俺もそんなに積極的に話す方ではないから。
とりあえず、クリスマスだし何かするのか聞いておくか。

は、クリスマスに何かするのか?」
「ううん、何にもしないよ。クリスマスにサンタさんがプレゼントを持ってくるっていう概念は我が家にはないの」
「そうか、俺もそうだな」
「クリスチャンじゃないしね。
 姉さんがケーキ屋さんでアルバイトしてるんだけど、お客さんの列がとぎれなくて大変だって。
 いつでも食べられるのに、どうしてクリスマスに食べるんだろうって不思議がってる」
「そういうきっかけがないと食べないもんな」
「うん、すごくわかる」

は掌をこすりあわせて手を温めている。
手袋を忘れたようだ。
今日は冷える。

「寒いか?」
「大丈夫」
「大丈夫じゃないだろ。確か、この中に・・・」

プレゼントの中に手袋があったから、それをに渡した。

「メンズ用だからにはでかいかもしれないけど、ないよりましだ」
「ありがとう。借りてもいい?」
「ああ、遠慮するな」

は手袋をはめると「あったかーい」と嬉しそうにしていた。
小さい子供のように無邪気な笑顔。すとんと俺の心の中に入ってくる。

、メリークリスマス」
「メリークリスマス、成瀬くん」





■原田徹くんの場合



「クリスマスだよー、徹。聖なる夜なんだから、もっと楽しいことしようよー」
「おい、聖なる夜だったら、もっと清い感じで過ごせよ。楽しいことは違うだろ?」
「えー、いいじゃん、なんでも。私は夢の国に行きたかった」
「一人で行ってろ。俺は疲れたから休みの日は休みたい」
「私は徹に会いたかった!」

高校も違う。家も近所ではない。練習試合で知り合った俺と。滅多に会えない。
けれど、俺は俺で部活の疲れがとれなくて参っていた。
母親は仕事でいない。
俺が休みだと聞いて、は家までやってきた。
どうせなら、気を利かせてクリスマスっぽい食べ物買ってきてくれればいいのに。

「気が利かなくて悪かったね。ホールケーキは高いし、チキン屋は大行列だし、コンビニチキンじゃ安いし」
「別にを責めてるわけじゃないけどさ、久しぶりの休みだから休みたかったんだ。正月休みは夢の国でもどこでも行ってやるよ」
「『行ってやる』って、あんまり行きたいわけじゃないよね」
「違う違う、行きたいって」
「あんまり行きたくなさそう。顔がそう言ってる」
「ごめん。今は無理。正月になったら行きたくなるから」

今にも泣きそうな顔をして、は頷く。そのまま俯いて立ち上がり、部屋から出て行く。

「おい、!」
「ごめんな、お休みなのに邪魔して。徹の顔見たら満足って言えるほど、私、大人じゃないの」

追いかけたら、は玄関で靴を履いていた。本当に帰るらしい。

「ちょとと、待てよ」
「待たない。これ以上、徹に迷惑かけない。今日は諦める。だから、お正月は一緒に夢の国に行こうね」

の精一杯の笑顔、歪んでいる。
何も言えなかった。
クリスマスプレゼントも用意していたのに、渡せなかった。
バカか、俺は。
せっかく俺の家まで遊びに来てくれたのに。わざわざ、時間をかけて。
せめて、プレゼントくらい渡そう。
机の引き出しにしまっていたプレゼント。
が好きそうなピンキーリング。

ジャケットも着ずに家を飛び出した。
まだは近くを歩いている。
名前を叫んで追いかけた。
雪がちらついている。

!」
「徹? 雪降ってるのにその恰好じゃ寒いでしょ?」
「メリークリスマス。プレゼント、気に入ってくれると嬉しい」
「え?」
「プレゼント、ほら、受け取れって」

の手に箱を押し付け、俺は回れ右をして家へ戻る。
もう言うことはない。
冷えるから走って戻ろうとした。が、腕を掴まれた。

?」
「ありがとう。嬉しい。私、自分のことしか考えてなかった。プレゼント、用意してないよ・・・」
「いいって。気にするな」
「気にするよ。彼女が彼氏にプレゼント用意してないとか、最低でしょ?」
「俺は、普段何にもしてやれないから、そのお詫びだ」
「そんなこと言ったら、私だって普段何にもしてないよ。自分のことばかり、自分が甘えることばかり考えてる」
「それがかわいいから、許せるんだよ」
「かわいい子には旅をさせよ?」
「いやー、ちょっと違うでしょ、それ」
「ちょっとどころじゃないよ、バカじゃないの、徹」
「ハハハ」

久しぶりに笑った気がした。
の前じゃないと笑えない。
つられても笑ってくれた。

「私、スーパーでケーキとチキン買ってくる」
「なら、俺も行く」
「いいよ、徹は家でゆっくり休んでて。だから、一緒に食べよ」
「ああ、待ってる」





■高柳学くんの場合


12月25日、夜、閉店間際のケーキ屋でホールケーキが値下げセールされている。
店頭にたかる人の中に、を見つけた。
声も掛けず、真後ろに近づいて立つ。
腹にガンと肘鉄をくらった。

「痛い」
「だって、学ちゃんが痴漢しそうなくらい近いから」
「しないよ」
「腰に腕を回して抱きつこうとしたでしょ」

そう言われればしないわけにはいかないから、後ろからを抱きしめる。
周りの人に冷ややかな目で見られるから、すぐに離した。

「バカ、人前でやめてよね」
「無防備なが悪い」
「人のせいにするな」

は一回り小さ目のホールケーキを買い、俺の手を握って歩き出す。

「小さいのにしたんだな」
「だって、お父さんは出張、お母さんはインフルエンザ、お兄ちゃんはバイト、私しか食べないもん」
「お母さんインフルエンザなのか? 晩御飯はどうするんだ?」
「んー、適当に買う。お母さんにお粥作らなくちゃいけないし」
「そっか。お大事にな」
「ありがと」

病人がいるのに、家に押しかけるわけにもいかないし、看病する人が誰もいないのに俺の家に連れて行くわけにもいかない。
せっかくのクリスマスなのに、残念だ。
まあ、そんなにクリスマスが大事なイベントとも思っていないから、それほど落ち込んではいないけれど。

「お母さんが元気になったら、一緒にケーキ作って食べようね」
が作るのか? 大丈夫か?」
「任せてよ。ケーキ作りは力がないとできないから、学ちゃん手伝ってね」
「ああ、俺にできることならやる」
「ちゃんとクリスマスを祝おうね」
「クリスチャンじゃないだろ、俺達」
「いいじゃん、せっかくのイベントなんだから、便乗しないと」

の手が俺から離れていく。の家は近い。さよならの合図。

「じゃあね、学ちゃん。メリークリスマス!」
「メリークリスマス、。インフルエンザ、移らないようにな」
「おっと、マスクするの忘れてた。学ちゃんもかからないようにね」

顔の横で小さく手を振る
クリスマスが終わったら、俺達だけの特別なクリスマスが待っている。




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メリークリスマス。
甘くないねぇ・・・

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