[ Valentine's Day 2019 ]





■柊仁成くんの場合


甘いものは好きじゃない。そう言って、渡されるチョコレートは全部断った。
言い訳みたいなもんだ。
食べなくはないけれど、もらいたいのはからだから。
でも、毎年もらえる気配はないし、脈無しなんだろうな。

部活を終えてスポーツバッグを抱えて夕暮れの道を歩く。
峰藤に押し付けられたチョコレートを口の中に含む。
甘すぎてスポーツドリンクで流し込んだ。

「柊くん、チョコレート食べられるの?」
目の前に立つは、驚きの表情を見せていた。
それも束の間、少しずつ悲しみを帯びていく。

「そっか、彼女からもらったんだね」
「いや、そうじゃなくて」
「チョコじゃなくて、プロテインとかタオルとかそういうものならもらってくれるかなって、思って……。
 でも、私からなんて、いらないよね。ごめんね、食べてるとこ邪魔して」

は走って去っていく。
手には鞄と少し大きな紙袋。
あの紙袋は、俺のために用意したものだろう。
慌てて追いかけて腕を掴んだ。
掴んだ拍子に、が体勢を崩して転びそうになるのを抱き留めた。
そのまま、を強く抱きしめた。

「ごめん、俺、が好きだから、チョコレートは全部もらわなかった。けど、峰藤が部員全員に押し付けてきたから、断れなかった」
「わたし、が……?」
からチョコレートもらえないか、毎年期待してた。でも、俺はもらう資格なんてそもそもなかった。
 に何にもあげてないのに、何かをもらえるわけがない」
「そんなことない! そんなことないよ。柊くんが頑張る姿を見て、たくさん元気もらってる。
 だから、お礼がしたくて。いつもは勇気が出ないけれど、今年は頑張ってみたよ」
「それ、もらってもいい?」

は紙袋を俺に差し出した。
普段飲んでいる物と同じプロテインと触り心地の良さそうなタオル。
紙袋の底に、小さい箱がひとつ。
定番の高級チョコレート。これだけで千円くらいするだろう。

「これ、チョコレート?」
「せっかくバレンタインデーだから、と思って」
「ありがとう。ホワイトデーにちゃんと返すから」
「いいよ、気にしないで。私が勝手にしたことだから」
「俺からのお返しはもらえないって?」

少しイタズラ心が沸き起こってしまった。
「柊くんのイジワル。でも、そんなとこも含めて、好きだよ」
笑顔で言い逃げしていくの背中を追いかけた。





■高岩覚司くんの場合


「はい、高岩くん。バレンタインのチョコレート」
「毎年、ありがとな、さん」
「どういたしました」

毎年どうもありがとう、義理チョコ。
いつになったら本命チョコに変わるのだろうか。
もらったチョコの箱を手に取り、太陽にかざしても変化は見えない。

「何してるの? 温まって溶けちゃうよ」
「いや、義理チョコが本命チョコに変わらないかなーって」
「太陽にかざして変わるなら安いもんだよねー」
「そうだよなー」
「元から本命チョコなのに、変わるわけないよねー」
「だよなー」

ん? 元から本命チョコ? 俺の聞き間違いか?
ニコニコと気持ち悪いくらいに微笑み続けるさん。
怖いな。俺、地雷か何か踏んだ?

「高岩くんに渡したものと、成瀬くんたちに渡したものと、違いに気づかない?」
「え?」
「毎年、毎年、高岩くんにはわかりやすいように本命っぽいチョコ渡してるんだけど。成瀬くんにはすぐばれちゃったし。
 部活忙しいから相手にしてもらえないのかなって思ってたけど、高岩くんって重度な鈍感ってことね」

俺たち、両想いだったのか。知らなかった。
成瀬は俺がさんのこと好きだって知ってるはずなのに、どうして言ってくれないんだ。
わかってたらすぐに告白したのに。

「では、改めて。俺はさんが好きです」
「知ってる」
さんも俺のことが好きなようです」
「うん、高岩くんのこと好きだよ」
「じゃあ、両想いなのでチューしていい?」
「やだ、何言いだすの。ここ教室だよ」
「ふたりきりだし」

やだ、やだ、と言いながら帰り支度をして逃げ出そうとするさんを捕まえて、背中から抱きしめた。
髪からシャンプーの甘い匂いがする。
ずっと前から、こうしたいと思っていた。

「チューするんじゃなかったの?」
「これからするけど、ちょっとこのままでいたい」
「誰か来ちゃうよ」
「別にいいじゃん」
「よくない!」

腕の力を緩めた隙に、さんは俺の腕の中から逃げ出した。
教室の扉に手を掛けたから、もう追いつきっこない。
キスするのはお預けか。
そう思った瞬間、猛ダッシュして俺に近づいてきたさんに詰襟をぐいっと掴まれる。
少し前かがみになったところで、ちゅ、と小さなリップノイズが聞こえた。

「バイバイ、また明日ね」
顔を真っ赤にしたさんが去っていくのを見送った。呆然としたまま。
俺、好きな子にキスされたんだ。





■成瀬巧くんの場合

毎年バレンタインデーに手作りのお菓子を配っている
俺はもらったことがない。配布対象外。
高岩がねだりまくって、もらっていた年もあった。それを少しだけもらったことも覚えている。
高校三年生、バレンタインデーは休みに入って登校日ではない。
は最終登校日にお菓子を配っていた。自分も受験が控えているのに、律儀なことだ。
お菓子を配るを目で追っていると、俺の方へ近づいてきた。

「成瀬くんはお菓子食べられる?」
「あ、あぁ。食べる」
「もらってくれる? 手作りなんだけど」
「ありがとう。でも、どうして俺なんだ?」
「あ、えっと、成瀬くんお菓子好きそうじゃないから渡したことなくて、でも卒業だし記念にと思って」

照れくさそうにしているがかわいらしかった。
何の記念かよくわからないけれど、からお菓子をもらえたことが嬉しかった。

「前に、高岩がバレンタインのお菓子ねだったことあっただろ」
「あー、うん。あったね」
「あのとき、少しもらったんだ。おいしかった」
「ありがとう。でも、知ってた」
「え?」
「高岩くんが少しわけたら喜んでたって言ってて、嬉しかった。だから、今年こそはちゃんと渡そうって決めてた」

どうして高岩はわざわざそんなことを言ったのだろう。
高岩は意味のないことはしない。
に尋ねられて、わけたことを隠すのは忍びないと思ったのだろうか。
高岩は、俺がのことを好きだと気づいているはずだ。気づかない程の馬鹿じゃない。

「私さ、第一志望で手塚学院大学受けるつもりなんだ」
「え?」
「受かったらさ、また会える?」
「あぁ。それに、卒業式でまた会える」
「そうだね。卒業式までに合格決まればいいなぁ。明日から毎日図書室来てがんばろー」

明日、図書室に行ったら、は驚くだろうな。
少し、喜んでくれるだろうか。
勉強の手伝い、俺にできるだろうか。
が同じ大学に合格したら、告白するつもりだ。





■原田徹くんの場合

今年は男子バスケット部バレンタイン禁止令。
体育館にチョコを持って現われる女子は皆、追い返されていた、小畑のオヤジに。
今年はチョコレート無しか。つまんねーの。
不貞腐れながら部活を終えて着替えて帰ろうとしたら、高柳から板チョコを渡された。

「なんだこれ?」
「徹がチョコもらえなくて寂しがってるだろうって」
「あぁ、お前の彼女から、か。ありがとな」

板チョコでも、もらえれば嬉しい。
帰り道でむさぼり食っていたら、同じく帰宅途中の幼馴染のに憐みの目で見られた。

「今年の収穫は板チョコだけなの?」
「しょうがねーだろ。バレンタイン禁止令だから」
「でも、体育館以外ならもらうチャンスいくらでもあるでしょ」
「体育館にみんなで行くから怖くない、ってか」
「なるほどねぇ」

しみじみしながらは言う。
幼馴染としてチョコくらい持ってこいや、と言いたくなる。
わがままで見栄っ張りだな、俺。

「なぁ、
「何?」
「こんな憐れな俺にチョコレートくれませんか」
「え?」
「高柳の彼女から憐みの板チョコしかもらえなかったんだ。さすがの俺も傷つく」
「板チョコもらえただけありがたいと思いなよ」
「そうなんだけどさ、母ちゃんからもらえるわけでもないし」

家に帰っても一人だし、寂しいもんだな。
んちでカレーでも作ってくれないかな。あそこの家族はみんな優しいし。

「うち、来る? チョコもあるし、今夜はカレーのはずだよ」
「マジで!?」
「喜びすぎ。それに、大事なこと忘れてる」
「何を?」
「私がバレンタインで徹にチョコあげなかったこと、今までにあった?」

あぁ、そうだな。毎年くれた。風邪引いて学校を休んでも、の母親が家に届けてくれた。
持つべきものは幼馴染だな。
いつまでも、ただの幼馴染のままではいたくないのだけれど。




**************************************************

久しぶりにアイルのバレンタイン小話書いたぞー!
アニキュー見てると、「高校生っていい!」となって、アイルに戻ってきました。

inserted by FC2 system