[ コ ン ビ ニ 恋 物 語 ]





私がアルバイトをしているコンビニエンスストアに、いつも訪れる男性客。
同じ年くらいだろうか。
それにしても、大人びている。
声が、特に心地よい。
体の奥に響くような、素敵な声。
いつもギターケースを背負っている。
バンドマン、なのかな?

一般的なお客さんは、店に入って目的のものを探しに行くから、レジ前にいる私と目が合うことはない。
けれど、この人は私と目を合わせてくれる。
会釈も何もないけれど、一瞬目が合う。
ドキドキする。
恋なんてそんなもんだ。

彼がレジまで来たから、私は笑顔で「いらっしゃいませ」と声をかける。
もちろん、仕事上の挨拶だけれど、スマイルはいつも以上に載せる。
すると、彼は頷くような素振りを見せる。
嬉しくて、つい笑顔になってしまう。
彼の声が聞こえて、我に返った。





「なんか、いいことあったんですか?」
「へ?え?あ、いえ・・・」
「コンビニにしてはいつも愛嬌のある店員だなといつも思ってて。今日は一段と・・・」
「そんなに笑顔ですか?自分では気づかないもので」





お客さんとやりとりはするけれど、会話なんてしない。
とてもクールな構えをしている彼だけれど、意外と普通に話してくれる。
「あなたが来てくれたから嬉しい」なんて、真正面から言えるもんか。

バーコードをリーダーで読み取る。
水とブラックの缶コーヒー、サンドウィッチにプリン。
ブラックのコーヒーを飲みつつ、甘いプリンを食べるのだろうか?
不思議な組み合わせだなと思いつつ、ポリ袋に商品とプリン用のスプーンを入れて渡す。

プリンが食べたい、彼と一緒にプリンを食べたい、彼のプリンを食べるスプーンになりたい。

ダメだ、思考回路がぶっ飛んでしまっている。
私は、「ありがとうございました!」とおじぎをした。
顔をあげると、彼は自動ドアを通って店の外へ出て行った。
彼に会えた。しかも、会話までしてしまった。
嬉しい!
今日は一日、アルバイトを頑張れそうな気がしたし、本当に頑張れた。





日付は変わって、また私はコンビニエンスストアへアルバイトに行く。
今日の下っ端は私だから、外に置いてある汚れたタイルとゴミ箱を掃除するのは私の役目。
バケツに水をくみ、モップでタイルをこする。
力を入れないと汚れはとれないから、汗をかいてしまう。
額に浮かんだ汗を手で拭って、ふーっと一息ついた。

土曜日の朝。天気は快晴。
青空の下、みんなは何をするのだろう。
洗濯物を干したり、掃除をしたり、買い物に行ったり、デートをしたり、部活をしたり、働いたり。
私は今日も、コンビニバイトで、彼を待つ。
待つだけじゃダメなのはわかっている。
けれど、私には待つことしかできない。
彼の、何も知らないのだから。
何をしている人なのか、どこに住んでいるのか。名前すら知らないんだ。

そんな人に恋をするよりも、同じ大学の男友達に恋をするほうが楽しいかもしれない。
けれど、けれど、けれど。
俯いたままの私に、未来はない。

「どうも」と声を掛けられ、私は顔をあげた。
ああ、愛しのあなたに声をかけられて、私は店員としての仕事すら忘れていた。





「あ、どうも。・・・・・・じゃなくて!い、いらっしゃませ」
「いや、気にしなくていい・・・です」
「天気がいいから、掃除日和なんです。
 どうぞ、店内でゆっくりご覧になって下さいーってコンビニなんですけどね」
「ありがとう。ゆっくりさせてもらうよ。」





彼の後姿に見とれてしまう。
手の力が抜けてしまい、持っていたモップを落としてしまった。
我に返り、慌てて拾い上げる。
バケツの水は、排水溝に流してしまう。
こんな恋心、水と一緒に流してしまいたいよ。
苦しいよ。

私が店の中へ戻ろうと扉へ向かっていたら、彼は買い物を済ませて扉を開けていた。
私は「ありがとうございましたー」と挨拶をする。
彼は私のほうを向いてくれたけれど、その拍子に彼の手のサイフから何かが飛び出してしまった。
私はそれを拾い上げる。
免許証だった。
彼の写真は前をまっすぐ見ていて、とても凛々しかった。
名前と生年月日が目に入る。
朝倉 砂紀。私と同じ年の生まれだ。





「朝倉さん、って名前なんですね」
「下の名前はサキだから、女みたいな名前ってよく言わるけど。・・・さんの名前は?」
「え、わ、私ですか?です!」
「苗字しか書いてないもんな、名札」
「そうですねー、あんまり個人情報を外に出すなってことなんでしょうけど」
「じゃあ、また、さん」





彼に、朝倉さんに名前を呼ばれて、時が止まったような気がした。
大きく息を吸った。
少し、期待してもいいのだろうか。
どうでもいい人間だったら、名前なんてもっとどうでもいい情報だから。
どうにかして、もっと仲良くなりたいなぁ。










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私、こういう話得意だよなぁ、中途半端系。笑
サキたんの出会いって、こういう場とかしかないんじゃないかな。
きっとバンドやってたら周りは男性ばっかりでさ。
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