[ ひとりよりふたり ]





本当は、自分のワガママを聞いてほしいくせに。
いつも、私のワガママばかり聞いてくれる。
本当に、不器用だな、この人は。
でも、この人に寄り添うことを決めたのは、私だ。

何もしたくないから、私はベッドに体を預ける。
携帯電話が、何度か呼び出しを知らせた。
けれど、私は机の上に放置したまま、それに触れようとはしなかった。
触れたくなかった。

好きな音楽も聴きたくなくて、お腹が空いてもご飯を食べたくなくて、
三時になってもデザートを食べたくなくて、買ったばかりのマンガも雑誌も読みたくなくて。
なんて無気力なんだろう。
それでも、排泄だけはせざるを得ない。
だから、起き上がってトイレに向かう。
起きたついでに、ベランダへ出てみた。
午後四時。まだ外は明るい。
空を見上げた。
雲ひとつない快晴。
干したままの洗濯物を取り込んでいたら、呼び鈴が鳴った。
無気力のくせに、どうしても出なくちゃいけないと思った。
私の直感。





「はい」
「俺、サキ」
「どうしたの?」
「メールしても電話しても無反応だから、が心配になって」
「私は元気だよ」
「いいから、部屋に入れろ!」





ボタンを押して、オートロックの玄関を解錠する。
しばらくすれば、廊下から足音が聞こえ、私の部屋の前で止まる。
チェーンをかけたまま、私は扉を開ける。
扉の隙間から顔だけ出せば、サキの無愛想な顔が見えた。
チェーンをはずせと言いたいらしい。
私は首を左右に振った。
サキはため息をついて、項垂れた。

私はゆっくりチェーンをはずす。
すると、サキは素早く扉を開いて部屋に上がりこむ。
片手には近所のスーパーの袋を提げている。
袋の上のほうに、カップのアイスクリームが入っている。
サキがアイスクリームを食べるのは、甘えたいとき。
けれど、残念ながら甘やかしてあげられるほど、私に余裕がない。





「熱は無いんだろ?」
「ないよ」
「どうせ朝から何も食べてないんだろうと思って、いろいろ買ってきたから」
「食べたくない。何にもしたくない」
「じゃあ俺が食べるからいい」





サキは、買ってきたお弁当を食べ始めた。
スーパーの袋は床に置いたまま。
袋の中をのぞくと、アイス、プリン、ヨーグルト、ポテトチップス、お惣菜、カップ麺、いろんなものが入っている。
私はアイスを手に取り、冷凍庫へしまった。
溶けてしまったら困るから。

ソファはサキに占領されている。
私は、ベッドに腰掛けた。
サキはテレビの電源を入れる。
ケーブルテレビの音楽番組が流れている。
私の好きなバンドの特集だ。
少し、元気になった。
サキが、こちらを見て少し微笑んだ。





「好きなものを見れば元気になるんだな」
「そうだね、やっぱり好きだもの」
「ご飯は?食べられない?」
「うーん・・・お腹は空いているけど、食欲がない」
「とりあえずプリンでも口に入れておけば?」





サキはプリンを取り出し、私の目の前に置く。
プラスチックのスプーンは、スーパーでもらったらしい。
私は袋からスプーンを取り出して、プリンを一口食べた。
甘い。
頭がしびれる。
体が満たされる。
サキが食べているお弁当が目につく。
真っ白なご飯がおいしそうに見える。
サキが食べるものは、全部おいしそうに見える。

スプーンを掴んだ手を、サキの食べるお弁当に近づけた。
白いご飯をすくって口に運んだ。
冷たい。
レンジで温めなかったんだ。
温めたらおいしいのに。





「レンジで温めれば?って顔してるな」
「うん」
「温めたら、食う?」
「うん!」





少しずつ、食欲がわいてきた。
体は正直だから、おいしいものを欲している。
サキは、食べかけのお弁当をレンジに入れて温める。
電子レンジが稼動する音。
私は、レンジを眺めた。
ピーっという電子音と共に、電子レンジから音と光が消えた。
サキはレンジからお弁当をとりだし、テーブルの上に載せた。
少し湯気が出ている。
ゆらゆらと揺れている。
それを眺めて二人で笑った。
元気になってきた。
一人でいるより、二人でいるほうがいい。

ごめんね。
ちゃんと元気になったらサキのワガママ聞いてあげるから。
もう少し、こんな私のワガママを許してちょうだい。









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定期的に無気力になることがありまして。
ホルモンバランスのせいなので特に気にはしてません、最近は。
なんだかんだで、彼女のことは大切にしてくれるサキたんでした。
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