[ 居心地のよい場所 ]





スタジオの帰り、何気なくビルに目をやった。
学生が前を向いて勉強している。
予備校、か。
窓際の席の連中の顔を、一人ひとり見ていく。
眠そうにしている奴、髪の毛をいじっている奴、真剣に教壇の上の教師を見ている奴。
教室の後ろから前へ目を移していくと、高校に通っていた頃の馴染みの顔があった。
、だ。

そうか、俺も高校へ通っていれば高校三年生。
そんな年になったんだな。
俺は、まだ、少しくすぶったまま。
しばらく歩道から予備校の窓を眺めていたけれど、がこちらを向くことはなかった。
まじめだったもんな。
そのくせ、ロックとかパンクが好きで、休み時間になると俺とよく音楽の話題で盛り上がった。
少なからず、居心地のよい場所だったんだ。

毎日、スタジオの帰りは同じ道を通る。
どうして気づかなかったんだろうな、がこの予備校に通っていることに。
何度も何度も、通り過ぎていた。
気づけたことは、運命なんだろうか。





あの日以来、スタジオの帰りは予備校の窓を眺めることにした。
けれど、毎回同じ席に座るわけではないようで、時々窓際での姿を見かけるだけだった。
たまたま予備校の学習時間の終わりに居合わせたこともあるけれど、出口からの姿を見ることもなかった。

まるでストーカーのような、そんなことも思った。
俺がこんなことをしていると知ったら、迷惑だと思うだろうな。
やめよう、やめよう、やめよう。
やめようとして、やめられなかった。

そんなことをしているうちに、年は変わり、寒さは一層強くなる。
真冬のバレンタインデー。
スタジオで練習し、特に予定もない俺は、いつもどおり家路についたんだ。

これは、俺へのバレンタインプレゼントに違いないと思った。
雪の降る日。
ビニール傘をさして歩く俺の目の前を、傘を持たない女の子が歩いている。
その子はまさに、俺の意中の子なんだ。
傘をそっと前に差し出した。
が雪で濡れないように。





「久しぶり。・・・だろ?」

「う、うん、久しぶりだね、朝倉くん」

「元気にしてた?」

「うん、三年生はこの時期に学校行かないからね。今は予備校帰りなの」





直接会って話すのは二年ぶりだろうか。
でも、ごめん。
俺は、ずっとのこと見てたから。
の手にはクッキー。
誰かの手作りのようだった。
「そのクッキーは何?」と尋ねると、は一足早く合格を決めた友達からもらった手作りクッキーだと説明する。
バレンタインデーだから、女の子たちは手作りのお菓子を交換する。
そう、バレンタインデー。俺の戦利品はゼロ。





「朝倉くんは、どこかに行ってたの?」

「あぁ、スタジオにこもって練習してた。女のスタッフいないからさ、戦利品なし」

「意外〜。スタジオの出待ちとかいないの?」

「さすがにスタジオで出待ちは見たことないな。そこまでされたらストーカーみたいでちょっと怖い」





そんなことを言って、自分がストーカーのようなことをしていたから、笑えなかった。
そうしたら、は笑っていた。
俺は眉間に皺を寄せる。
悪気があって笑っているわけじゃないと思うけれど。

寒いな。雪の日は寒い。
今日に限って手袋は家に忘れてきたんだ。
傘があるから、手をポケットにも突っ込めない。
すると、の手が伸びてきて、俺の手から傘を奪った。
きょとんとしていたけれど、それがどういう意味かわかって手をポケットに突っ込んだ。
俺の手を、ポケットで温めさせてくれるんだ。
ありがとう。
おかげで、と相合傘。
貴重な体験。
なら、もう一歩踏み出してもいいかな。

「腹減った。・・・なぁ、時間あるなら何か食べない?」そう言ったんだ。
そうしたらは大きく頷いてくれた。
どうにかして伝えたい、この想い。










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ホワイトバレンタインデーのつづき。
今更な季節に書きました。笑


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