[ ハッピー ホワイト バレンタインデー ]





雪が降っている。
ホワイトバレンタイン。
雪国の人にとっては、毎年のことなんだろうけれど。

友達からもらったクッキー。
いわゆる、友チョコ。
私はそれを食べながら、予備校帰りの夜道を歩く。
寒い。冷たい風が足元を冷やす。
タイツを履いても、レッグウォーマーを履いても、毛糸のパンツを履いても、寒いものは寒い。

勉強で疲れた目で夜空を見上げた。
白い粒が降り注いでくる。
寒い、寒い、寒い。
合格を決めていない私に、お菓子を作る余裕はないよ。
どうせ友チョコしか作らないんだ。
本命なんて存在しない。うん、存在しないことにしている。

だって、インディーズのバンドやっているなんて、他人には言えないよ。

恥ずかしいから言えないんじゃない。
同じクラスにいたときは対等だったと思う。
けれど、そういう活動をしている時点で、私と朝倉くんの距離はぐっと広がった。
もう、接点なんてないんだよ。
忘れよう、好きになったこと。
忘れよう、片想いでも幸せだったこと。

でも、朝倉くんのことは忘れられないんだ。
どうしようもないことに、音楽の趣味が似ている。
だから、朝倉くんの求める音楽を、私は求めてしまう。
あぁ、そうだ。共通の好きなものがあるから、本人まで好きになってしまったことにしよう。
よくある話だ。

またひとつ、クッキーを口に運ぶ。
おいしい。
それだけで幸せになれる。
寒いけれど、少し心が温まる。

急に誰かの気配を感じて私は振り返る。
開いたビニール傘を私の頭の上にかざしてくれる。
背中に背負っているのは愛機のギターだよね、朝倉くん。





「久しぶり。・・・だろ?」

「う、うん、久しぶりだね、朝倉くん」

「元気にしてた?」

「うん、三年生はこの時期に学校行かないからね。今は予備校帰りなの」





直接会って話すのは二年ぶりだろうか。
一年生の頃は、同じクラスだったから学校で何度も会って話したけれど、
二年生になってからは朝倉くんが学校へ来ることがなくなって会えなくなったんだ。
名前を呼んでくれたことが嬉しい。
こんな私のことを、覚えていてくれたんだね。

「そのクッキーは何?」と尋ねる朝倉くん。
私は、一足早く合格を決めた友達からもらった手作りクッキーだと説明する。
バレンタインデーだから。
女の子たちは、手作りのお菓子を交換する。
私は、ホワイトデーに何かできたらいいなと思いつつ。
朝倉くんは、たくさんもらったのだろうか。
けれど、ギターを背負っているほかに、何も荷物は見当たらない。





「朝倉くんは、どこかに行ってたの?」

「あぁ、スタジオにこもって練習してた。女のスタッフいないからさ、戦利品なし」

「意外〜。スタジオの出待ちとかいないの?」

「さすがにスタジオで出待ちは見たことないな。そこまでされたらストーカーみたいでちょっと怖い」





本当に怯えたような表情を見せたものだから、おかしくて笑ってしまった。
眉間に皺を寄せる朝倉くん。
悪気があった笑ったわけじゃないよ。
なんだかクールな朝倉くんが少しお茶目に見えたんだよ。

「寒いな、雪降ってるし」そう呟く朝倉くんの手は、手袋につつまれていない。
私は朝倉くんの手から傘を奪った。
きょとんとしている朝倉くん。けれど、すぐにポケットへ手を滑り込ませていた。
私が傘を持っていたら、朝倉くんの両手は空くからポケットで温められるよね。
傘をうっかり忘れてしまったおかげで、朝倉くんと相合傘。
ラッキーガール、

「腹減った。・・・なぁ、時間あるなら何か食べない?」そんな風に朝倉くんから誘われた。
私は大きく頷いた。
近くのコーヒーショップで一休み。
まだ夜の七時だから、紅茶を飲んでも眠れるかな。
そんなことを思いながら温まる。
目の前には朝倉くんがいる。
受験生が、こんなに幸せかみしめていていいのかな。

受験生、なんて関係ないよね。
受験生にだって、幸せかみしめる権利くらいあるよ。

ねぇ、こんなにときめくのは、やっぱり恋をしているから?
音楽の趣味が合うという次元の話じゃないってこと?
もっと近づきたい、朝倉くんに。
私が「朝倉くんのこと好き」って言えば、どういう反応を見せてくれるかな?









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つづき、書かなくちゃね、これ。笑
サキたんが傘をさしてくれるところがミソです。
すっと差し出されて雪をかぶらなくてよくなる…憧れます。

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