いつだったっけ。
ステージの上で輝いていたあの人に出会ったのは。

そして、その人が、
私の隣でぐったりしている。





      [ ダ イ ヤ モ ン ド ]





「あさくらさーん」と呼びかけたら、閉じていた目をゆっくりと開いてくれた。
けれど、すぐに目を閉じてしまう。
私は途方に暮れた。
ライブハウスの楽屋。
自分の出番を終えた私は、朝倉さんのバンドのライブを楽しんだ。
そして楽屋のソファでくつろいでいたら、ライブを終えた朝倉さんたちが戻ってきた。
タオルで汗を拭い、ソファに身体を預けて水を飲む朝倉さん。
次のバンドの演奏が始まる直前、誰もが楽屋から出て行きライブが始まるのを待っている頃、朝倉さんの身体が私の方へ倒れこんできた。

そして、今に至る。

具合でも悪いのかと思い、私は掌を朝倉さんのおでこに当てた。
なんだか少し熱い気がする。熱でもあるのだろうか。顔色も優れない気がする。
「身体が重い」と小さな声が聞こえた。
幻聴じゃなくて、朝倉さんが言ったんだ。
私は朝倉さんの身体に手を回し、朝倉さんをソファに寝かせた。
彼を家に帰す手配をしようと、私は楽屋から出ようとした。
けれど、強く後ろに引っ張られてそれを止めた。
朝倉さんが、私の服を掴んでいる。





「朝倉さん・・・人を呼んできますから」

「いい、呼ばなくて。そのうち来るだろ」

「そのうちじゃ遅いですよ!熱、あるんでしょ?家で安静にするべきです」

「熱は三十八度くらい」

「三十八度でライブやってたんですかっ!!!」





呆れた。
自分の体調が一番大事なのに。
この人は、お客さんと仲間の期待を裏切らないように、無理をしていたのか。
それにしても、体調が優れないことに気付かなかった私がいることに、もっと呆れた。
私は、敬愛する人とその人のバンドが見られることで、頭がいっぱいだった。

そういえば、差し入れでいただいたケーキに保冷材が入っていたな。
私は朝倉さんの手を引っ剥がして、冷蔵庫のケーキの箱を開けた。
二切れなくなったケーキの箱の中には、まだ保冷材が入っていた。
私はそれを取り出して、まだ使っていないタオルハンカチでくるんで朝倉さんのおでこにあてる。
気持ちいいらしく、朝倉さんは自分の手で保冷材をおでこに当てていた。





「冷たいな、けど、気持ちいい」

「熱がある証拠ですね」

のバンドも出るのに、休んでられない」

「いやいや、休みましょうよ。ファンはあなたの身体の方が大事ですから」

と会える機会を失うほうが嫌だ」





熱が出て頭もおかしくなっているのだろうか。
朝倉さんは嬉しいことを言ってくれる。
けれど、朝倉さんらしくないな。
もっと、私を突き放すようなことを言ってよ。
私はマゾじゃないよ。でも、こんな朝倉さんにときめかない。

そんな私の気持ちを知らずに、朝倉さんは私の望みとは正反対のことを言うのだ。





、あと少しだけでいいから・・・傍にいて」

「あ、あ、あ、あさくらさん???」

「俺がこんなこと言ったらおかしいか?そう、だな。いつもの俺と比べたらおかしいよな」

「いや、あの、その」

「俺は病人だから、その望み、叶えてくれよ」





朝倉さんの手が私の袖を掴む。
触れた手は熱かった。
楽屋の外から轟音が聞こえる。
みんな、ライブを楽しんでいるはず。
私もそこへ行きたかったけれど諦めた。
今の私にできることは、朝倉さんの傍にいること。
私はソファの傍に置かれていたパイプイスを開いて、そこに腰掛けた。
朝倉さんの手を、自分の両手で挟み込む。
「私、ここにいますから」私がそう言うと、朝倉さんは小さく頷いて目を閉じた。

そういえば、朝倉さんのバンド仲間のユーキさんと会ってないな。
ステージの上にいたのを見たきり。
そんなことを思っていると、ユーキさんが楽屋に飛び込んできた。
片手にドラッグストアの袋を持っている。
私は慌てて朝倉さんから手を離した。
ユーキさんはため息をついて袋の中から物を取り出す。
風邪薬と、レンジでチンするだけのインスタントのおかゆ、ペットボトルに入ったお茶。
ユーキさんは知ってたんだ、朝倉さんが風邪を引いているってこと。
止めなかったんだ、朝倉さんが演奏することを。
それでも元教師?





「止めて聞く耳持つ奴じゃないからな、朝倉は」

「でも、そこは元教師として生徒に言い聞かせないと・・・」

「今日は特別だから、な。朝倉は無理してでもに会いたかったんだろ」

「そんな、わ、私に会いたいって、なんですか?」

「今日はの誕生日。朝倉が、のバンドを初めて見た日から丸一年」





そうか、もう一年経つのか。いや、まだ一年?
私はひとつ年を重ねた。
ねぇ、朝倉さん。私はあなたに一歩でも近づけたでしょうか?
あなたのように、ステージの上で輝いているでしょうか?

「最初から輝いてたよ。今は、それ以上にずっと輝いてる」
そんな呟きが聞こえた。
いつの間にかユーキさんは楽屋から姿を消していた。
目の前には、目を閉じた朝倉さんだけ。









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途中までいい感じで書けたのですが、挫折しました。
スミマセン。
朝倉さんに寄りかかられるお話。

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