[ お う ち に か え ろ う ]





「朝倉サーン、こんなところにいていいんスか?」
拍子抜けする声と、拍子抜けする顔がそこにはあった。
の、真っ赤なメガネは、目に悪い。
の、黄色のストールは、目に悪い。
の、スカート姿は、身体に悪い。
ブーツをはいていても、直視できない。
目を逸らしたら、に文句を言われる。





「あー、目、逸らしたでしょ!!ねぇ、スタジオ抜け出してこんなところで何してるの?
 ユーキさんたち、一生懸命朝倉のこと探してたよ」

「煮詰まったから、あんなところにはいてらんねーし」

「水でもぶっかけてやろうか?」

「遠慮します」





普段は優しい口調なのに、突然口調と声が変わる。
このにだけは逆らえない。
バンドのマネージャーでもないのに、何かと世話を焼いてくれる。
一体、俺の何なんだろう。彼女でもないのに。

広場の噴水の側。水しぶきが冷たい。
犬の散歩をさせる親子、デート中のカップル、帰宅途中の高校生に、塾へ行く小学生。
いろんな人が、目の前を通り過ぎて、俺は座ったまま動けずにいる。
動くつもりもない。
動いたところで、何も変わらない。
煮詰まったら、さらに煮詰めるか、やめるか、そのどちらか。
やめたんだ。
スタジオを抜け出したけれど、頭の中は煮詰まって温度が下がらない。
噴水の中に飛び込んでやろうか。
後で痛い目を見るのは俺だから、そんなことはしない。
いつの間にか、の姿は消えていた。

真っ白なバニラのソフトクリーム。
目の前に差し出される。
真っ赤なメガネの中の瞳が、こちらをまっすぐ見ていた。





「ソフトクリームだよーん。食べよ」

のおごり?」

「もっちろーん。私のおごりだよ。今日、給料日なんだ。後でCDがっつり買いに行くのー。ローリングエンジェルズのね」

「その名前は昔のだろ。ったく、あのときは何考えてたんだろな、ユーキさん」





昔話ができるのは、ユーキさんとだけしかいない。
昔のことしか話せないのだろうか。
今のことも、昔のことも、全部話せるのだ。
昔を振り返りつつ、前を向いていけるのはそのおかげか?
嬉しそうにソフトクリームを口に運ぶは、何を考えここにいるのだろう。
何も考えていない?そんなことはないだろう。

が口ずさむのは、いつだったかとふたりきりでスタジオにいたときに浮かんだフレーズ。
あのとき、どうして生まれたのだろう。
考えれば考えるほど、生まれるものがなくなる。
だから、煮詰まっているんだ。
どうすれば、考えないでいられる?
手に冷たい雫が落ちて我に返る。
ソフトクリームは手付かずで、溶けた白い液体が手の甲を滑り落ちていた。
慌ててソフトクリームを口に運ぶ。
甘いバニラの味。

ソフトクリームを食べ終えて俺の顔を覗き込む
笑っていた。
何がおかしいのだろう。





「ね、帰ろう?メロディが浮かばなくても、歌詞が浮かばなくてもいいからさ。朝倉がいなくなってみんな心配してるの。
 今日は、スタジオに顔だけ出して帰ろうよ。多分、今日はダメな日だから、また明日」

「そういうわけにもいかない。締め切りもあるし」

「でも、徹夜したって何にも浮かばないよ。浮かんだとしても、腐ってるかもしれないよ?
 そんなもの、音楽じゃないよ。元気のない朝倉から生まれたものは、売り出されても買わない、私なら」

「おまえはここにいるからわかるんだろ。見ていなかったら誰も知らないこと」

「音楽聴いたらわかるよ。ファンならわかる。妥協してるとか、気合が入ってないとか。
 先が見えなくて不安なのはわかるけど、一歩一歩進むことしかできないの。
 二歩進もうと思ったら、足を二回動かさなくちゃダメ。一回だけじゃ一歩しか進めないもん。
 それは朝倉がいちばんよく知ってるんじゃない?」





さっきまで笑っていたはどこへいった?
厳しい表情で、固い口調。
「じゃあね」と冷たく言い放ったは、俺に背を向けて歩いていく。
追いかけなくていいのか、俺は。
声をかけなくていいのか、俺は。
何もできず、何も言い返せず、ただ呆然と。

ソフトクリームを全部食べた。
走った。走って、息を切らしてスタジオに駆け込む。
ユーキさんや仲間、スタッフ、みんな俺を待っていてくれた。
スタジオの隅で、赤いメガネの彼女が笑顔で立っていた。
「おかえり」声は聞こえなくても、口がそう動いていた。
小さく頷く。
ここは俺の家だ。外で無駄な力は抜いてきた。
もう少し、今日は頑張れる。




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あぁ、もうこれは、すべて私自身のために書いた話です。
先が見えなくてすごく不安だけど、一歩一歩進むしかない。
一歩でも進めば、今より少し先が見えるはず。
研究がんばるよ!!

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