[ ハ イ チ ュ ウ ]
「あーさーくーらー」
「なんだよ、気味悪い声出して」
「お腹すいた」
小学生のガキだろうか?
体調悪そうな表情で俺を呼んでおいて、空腹を訴えるのだ。
持っていたハイチュウを1つあげれば、笑顔になって「ありがとう」と言う。
衣食住の食が満たされればそれで幸せらしい。
「あまーい」とまさに甘い声で呟くのだ。
本当に単純だ、は。
ハイチュウでエネルギーを充填したは、さくさく歩いていく。
さっきまでの体調不良で暗い顔していた奴はどこへ行った?
に置いていかれたので、早歩きで追いかけた。
ハイチュウで気持ちを満たすことができるのならば、安いものだ。
空っぽの俺の心を満たすにはどうすればいい?
ギターを掻き鳴らしても、満たされない。
これ以上、俺にできることなんてあるのか?
考え込めば答えは見つからなくなる。
空っぽの心のまま、まっすぐ進む自信はない。
「ねぇ、もういっこ」とハイチュウをねだる。
まだ口はもごもご動いているのに、おかわりをすでに欲している。
けれど、に要求されて断ることができない弱い俺。
ハイチュウを1つ、の手のひらに載せた。
は銀色の包装紙をはがして、つまんだハイチュウを俺の目の前に差し出す。
「はい、甘いもの食べてリラックスしたら?」
「俺が?」
「うん。眉間に皺が寄ってる〜。皺が刻み込まれたら、きれいなお顔がみっともないよ」
口調が高校生らしくない。
けれど、言った内容は周りをよく見ている証拠。
ガキのようで、そうでない。
そのギャップは世界の七不思議のひとつかもしれない。
そして、俺がそんなに惹かれるのも、世界の七不思議のひとつかもしれない。
癒しの風が欲しい。
癒されたい。けれど、どうすれば癒されるのかわからない。
が俺の心を癒してくれるだろうか。
他力本願な俺はどうしようもない奴だな。
自嘲しながら、が差し出したハイチュウを指でつまんで口の中に入れた。
甘いグレープの味。
「朝倉は考えすぎ。もっと気楽にやろーよ。私がいるじゃん、だから大丈夫だよ!」
根拠のない自信はどこから出てくるのだろうか。
けれど、それに救われる自分がいることも事実。
笑顔のにつられて、俺も笑った。
世界が明るくなった気がした。
「じゃ、ここでお別れね。ばいばーい」
立ち止まって別れのあいさつをする。
スキップしながら姿を小さくしていくは、上機嫌らしく鼻歌を歌っていた。
そのメロディーは、さっきまで俺が弾いていたギターのメロディ。
まだ作りかけのその曲は、の中で形になっているらしい。
いつしか鼻歌も、スキップの足音も聞こえなくなっていた。
俺の頭の中を廻るのは、形になってメロディーたち。
走って家に帰った。あのメロディーをギターで掻き鳴らした。
音が湧きでて止まらない。
ただハイチュウを食べてと話しただけで、こんなにも音があふれるなんて。
不思議なこともあるものだ。
俺が欲しかったものは「音」
それと、の言葉。
俺には音楽が必要。
ギターが心の友。
そして、という俺のことを理解してくれる友が必要。
のおかげで1曲できたと言えば、彼女はどういう反応を見せるだろうか。
をずっと繋ぎとめておくにはどうすればいいだろう。
彼女がいないと、もう俺には曲が作れないのかもしれない。
**************************************************
夏祭りでバイトの主婦の方が買ってくれたハイチュウを
夏フェスのときにプレゼントしてくれた後輩。
ハイチュウグレープ味でした。
そこからこーんな話が浮かぶなんて、世の中不思議よね(笑)