[ ス パ ゲ テ ィ ]










背中を追いかけるだけじゃダメだってわかってる。
けれど、私にとってサキは偉大な存在だから、追い越すことなんて絶対できないし、並ぶこともできない。
後ろをついていくことすらできていない。
ダメな私は、どうすればいいのだろう。

スパゲティをゆでて、ミートソースをかけて。
皿に盛り付けてフォークを出して、ウーロン茶をグラスに注いで。
テーブルの上に出せば私の役目は終わり。
「いただきます」と小さな声が聞こえて、食事が始まる。
食欲の無い私は、ただテーブルの上に置いたミートスパゲティを眺めていた。





?スパゲティ、せっかく作ったのに冷めるだろ?」

「うん、食べる」

「食べる、ってフォークも持たずに?」

「そうね、フォークがないと食べられないね」





サキに指摘されて、私はフォークを手に取る。
フォークをくるくる回してスパゲティをからませるのだけれど、うまくいかない。
もたもたしていると、サキは自分のフォークを私の皿に突っ込み、スパゲティをうまく巻き上げて私の口に運ぶ。
私は、うまくいかないダメ人間。
サキのお荷物だ。そんなの嫌だ。

落ち込んでいると、サキに頭をなでられた。
なんだか落ち着く。
今度はうまくフォークに絡んだスパゲティ。
口に運べば、私でも食べられる。
私は、うまくいかないダメ人間。
うまくいくときもたまーにあるんだ。





「最近、おかしいだろ?」

「そうかな?」

らしくないじゃん」

「そうかな?私らしさってなーに?」





自分で考えな、とサキの表情が言っている。
私らしさって何だろう。
食欲がないはずの私だけれど、皿のスパゲティはなくなっていた。
サキと話しているうちに、結局全部食べてしまった。
食器を流し台に運ぶ。
もう春だから、お湯を使わなくても食器が洗える季節になった。
私の後ろで、サキはテーブルを拭いて片付け、私が買った音楽雑誌を読んでいた。

ランチタイムは終わった。
洗濯物を取り込んで、たたんで、タンスにしまう。
夜勤明けで眠っている弟をたたき起こして、スパゲティを食べさせる。
食べっぷりが豪快だったものだから、サキが珍しく笑っていた。
夜勤明けなのに昼間のバイトも入っている弟は、大慌てで家を出て行った。
弟の置き土産を片付けて、私はソファに座っているサキの隣に腰掛ける。
サキの肩にもたれかかると、急にサキが立ち上がって雰囲気をぶち壊した。





「なんでー、せっかくもたれてたのに」

「横浜、行こう」

「え、出かけるの?」

「腹が減るまで時間つぶして、それからが好きそうなパフェの店に行く」

「行くー!」





どうしてサキがこんなプランを思いついたのだろう。
わからないけれど、嬉しかったから私も立ち上がる。
サキには「そうじゃなきゃじゃない」と言われた。
笑っているのがだと。元気なのがだと。
俺の知らないがいてもおかしくないけど、このほうがずーっといい。

考えるのはやめよう。
考えすぎて答えが出せないのはよくない。
サキがこうしたほうがいいと言ってくれるのなら、私はそうしていよう。
それでサキが満足してくれるのなら、それで十分だ。
家の扉に鍵を掛けて出発する。
駅はすぐそこだ。
そこに、私の答えもあるような気がした。

追い越せなくても、並べなくても、ついていけなくてもいい。
私は私で歩いていればいいんだ。









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我が家では、スパゲティーを箸で食べます。
なんでも箸で食べます。
フォークで食べられないのは私ですよ、ヒロインちゃんじゃなくて。

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