[ bad song ]










ガッシャーンと派手な音を立ててグラスが割れた。
中に入っていたカクテルは、全部私の顔面めがけて流れ出た。
顔も服も濡れた。
慌てて先輩がタオルを持ってきてくれたけれど、拭く気にもなれなかった。
いつも、会うとケンカしてしまう。
馬が合わないのかな。
きっと、頑張ってもダメなんだ。
頑張っても、私と朝倉が結ばれることなんてない。

ライブハウスのバーカウンター。
先輩に手を引かれ、事務所に引き上げる。
「とにかく、拭きなさい」と先輩にタオルを渡され、先輩が事務所から出て行くのを見送った。
タオルは洗剤の匂いがした。
顔を埋めると、涙が出てきた。

目は赤いだろう。
それでも仕事をしないわけにはいかない。
事務所から飛び出すと、先輩が割れたグラスを片付けていた。
後輩が掃除機を持ち出している。
私は後輩から掃除機を奪って、ひたすら掃除機をかけた。
掃除機が、グラスの欠片と一緒に私の恋心も吸い上げてくれればいいのに。
恋をしないほうが、つまらないかもしれないけれど、楽だ。
幸福がないのはつらいかもしれないけれど、不幸があるよりはましだ。

「素直じゃないよね」
先輩の一言は、私そのものをよく表している。
苦笑いすると、先輩と後輩は噴き出して笑っていた。

会えば口げんかをする。
そして、朝倉が先にけんかをやめる。
正確には、場をぶち壊していく。
けんかなんかしたくない。
好きな人とけんかしたいと望む人なんているの?
何度も何度も、「けんかするのをやめよう」「別の人を好きになろう」と思う。
けれど、やめられない。
「どこが好きなの?」と尋ねられたら答えられない。
特定のものじゃない。
ただ惹かれる。心が吸い寄せられて離れない。

バイトを終えてライブハウスを後にした。
時間は午前零時。真夜中。
人通りのない道。
無機質なコンビニの明かりが心を温めてくれる。
星空を見上げて「もう朝倉のことは忘れよう」と心の中で強く思う。
思いすぎて幻覚まで見えるのだろうか。
コンビニの角にいるのは朝倉だ。
無視して通り過ぎると、肩をつかまれる。
振り返ると、しかめっ面の朝倉。
これは、幻覚ではない。
ちゃんと触れられている感覚があるもの。





「無視するとはいい度胸だな」

「暗くてよく見えないもん」

「見えてただろ?」





見えていたけれど、あれは幻覚だったからイエスとは言えない。
首を横に振ると、朝倉は少しだけ目を大きく開いて驚いたようだ。

は、働いているときの方が表情がいいよな」
と、さらりと呟く朝倉。
ぎょっとして私は朝倉を見る。
目が合った。
視線が私を八つ裂きにするようで怖かった。
褒められても、喜べないでいる。
ありがとうも言えないでいる。
困っているのは朝倉の方だろう。
私の反応がないから。

「働いているときというよりは、俺といないときの方が」
どんどんマイナス方向へ進んでいく。
やっぱり、お互い一緒にいないほうがいいって思ってる。
でも、私はあのライブハウスでのバイトをやめられなくて。
朝倉も、あのライブハウスでライブをするのをやめられなくて。
あの場所を離れられなくて、今日もこうやって二人は出会っている。

「ほんと、うまくいかない」
あぁ、朝倉の言葉が私を射抜く。
涙が出そうだ。
うまくいかないことが多すぎて、何もかもわからなくなってきた。
自分のこともよくわからないし、朝倉のことなんてもっとよくわからないよ。
どうして、私は朝倉に抱きしめられてるの?

目の前は真っ暗。
頭の中は真っ白。
肩に力が入って身体がきしむ。
出した声も、かすれていて声にはならなかった。

「好きだ」
そう聞こえたのは嘘じゃない。
「こんなに想ってるのにどうしてうまくいかないんだろうな」
私と同じ事をこの人は考えている。
想いすぎて、うまくいかない。
「うん」と同意して頷くと、私を抱きしめる力がもっと強くなった。
肩の力は抜けて、身体がきしむこともなかった。









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インディーズのバンドの人が、
ライブハウスでバイトしてカウンターでお酒作ってるって話を聞いて。
それだけです。

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