[ H E L P M E ? ]
昨日発売された新譜のアルバムが広い店内に流れていた。
お目当てのCDを見つけたが、その手前にあったジャケットに惹かれて、俺は手を伸ばした。
隣にいた女もそれに手を伸ばした。
手と手が触れてしまう。
「ゴメンナサイ」と謝る女の高い声。そしてその顔。
見覚えがないなんて言えるわけがない。
「あー、サキちゃんですか」と謝って損したような口調では言った。
「俺には謝りたくないって?」
「そんなんじゃないよ。ステキな体温の手が触れちゃって、ちょっとときめいたの!」
「・・・・・・」
「ムシしないでよ。せっかく元カノがもちあげてやってんのに」
この調子のいい女は、昔とちっとも変わらない。
反応の薄い俺に、ずっとついてきた。
逆か?いつでもハイテンションなに、ずっとついていた。
離れたのは、きっとだけは俺を裏切らないと思い込んでいたから。
裏切るのがどうでもいいなんて、思えなかった。
絶対裏切らない何かがほしいと思った。
はそうじゃないんだとわかったとき、がっかりした。
ではなくて、俺に失望した。
ずっと受身でいたんだ。
世の中ギブアンドテイク。与えてほしけりゃ与えろって。
そんな大事なこと、どうしてわからなかったのだろう。
今ならきっとのことを大切にできると思う。
けれど、は俺のことを必要としないだろう。
友達以外のどんな関係にもなれないんだ。
きっと、裏切ったのは俺のほうだ。
仲間だと思っていた奴らに裏切られて、自分がいちばん必要としていたものを自分から手放してしまった。
かごの中のとりは、大空を知ってしまったらかごには戻らない。
も、俺の元には戻らない。
は互いが手に取ろうとしたCDを取り上げた。
そして、眺める。
インパクトのある、外国人の表情と派手な色。
「最近ハマってるんだー、このバンド」と言う。
バンドの名前は見覚えのないものだった。
そしてCDを元の場所に戻す。
次に手を伸ばしたのは、見覚えがないなんて言えるわけがないCD。
俺達のCD。
俺に笑いかける。
「だいぶ前からハマってるんだー、このバンド。
メロディアスなギター、身が引き裂かれるような感覚になる歌声、たまんないよね」
「・・・・・・」
「何か言ってよ、褒めてんのに、サキのこと」
「褒められるためにやってるわけじゃない」
「当然よ。自分達の為にやってるんでしょ。自分のため、ファンのため。
ひとりでも、世の中で苦しんでる人を音楽という楽園で幸せにさせる為」
そこまで考えている人はいないと思う。
けれど、自分が音楽で救われたから、他の人も助けてやりたいというのも事実。
音楽で繋がれた人たちと、もっと繋がりたい。
自分のためだけじゃない。
本当に、大きなものと戦っている。大きなものを抱えている。
自分のしていることの壮大さに、改めて気づいた。
もちろん、まだほんの少しの人たちとしか繋がっていないけれど。
これから、俺の音で、何かを変えていきたい。
昔と違った考えが持てている。
だから、のことにも気づいてやれる。
ハイテンションなのは、ローテンションにしたくないから。
落ち込むと、とことん落ち込んでしまう。それを防ぎたいから。
自分のことしか見えてなかった昔とは違う。
「音楽は人を救う」
「そうね、サキの音で私を救ってよ」
「あぁ」
「『あぁ』って、救う気なんてないくせに」
「2年前とは違うからな。音だけじゃは救えない。俺が助けてやるよ、海で溺れてるを」
は目を大きく開いて驚いていた。
けれど、少し頬を赤く染めると「ありがとう」と言った。
鼻の頭と目も少し赤かった。
の瞳から涙がこぼれた。
の涙は止まらない。
その場にしゃがみこんで大泣きする。
俺はの身体をぎゅっと抱きしめる。
俺は救われることしか考えてなかった。だからを救えなかった。
今度は大丈夫。
俺がを救うから。
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サキたんのことになると、どうしても音楽がからんでしまいますね。
最近、駆け出しのインディーズバンドに興味があります。
2人が手にとろうとしたCDはエルレのRIOT ON THE GRILLのイメージ。