[ ハナキリン ]





 一つ年上の彼女の第一印象は上品でおしとやか。仲良くなると優しくていいお姉さん。恋をしたら誰にもとられたくなくて、自分にしては珍しく即座に告白した。成功率なんて考えもしなかったが、結果うまくいっているので良しとする。
 特に言いふらしたわけでもないが、学校内で俺と彼女が付き合っていることは周知の事実のように広まっていた。おかげで互いに他の相手から告白されることがなくなった。今のところ、いいことしかない。

 学年が違うと同じ学校でも会う機会がなかなかない。同じ部活でもないし、同じ委員会でもない。部活がない日にたまに制服デートして俺の部屋に来るくらいだ。手料理を振舞ってくれようとして、なかなかに不器用な彼女の姿を見ることができた。料理は得意ではないらしい。誰でも最初はそんなもんだ。そういうところも含めて好きだ。

「年上らしいところを見せられたらいいなって思うんだけど、一人暮らしの仁成くんには勝てないねぇ」
「別にそんなに頑張らなくてもいいですよ。そのままで」
「そうかなぁ」

 悩む彼女の姿も愛おしいと思う。紅茶を飲みつつクッキーをつまむ彼女は、ティータイムにご満悦のようですぐに笑顔を取り戻した。笑顔でいてくれるのがいちばんいい。

「仁成くん、ちょっと付き合って」
「何にですか?」
「文化祭でやる劇の練習。王子様の役やってね。私、お姫様だから」

 よくある昔話。眠ったままの姫は王子のキスで目覚める。そのシーンを練習したいのだという彼女は、ベッドに寝そべってお腹の上で手を組む。台本を受け取った俺はそれをぱらぱらとめくるがどのページなのかわからなくて、結局彼女に台本を返した。寝そべったまま台本をめくり、そのページを開いてこちらに渡す。
 台本に書かれた台詞を棒読みしていると、彼女が笑った。そこは寝てるふりするところだろ?
 彼女が寝そべっているベッドサイドに腰掛けると、ベッドが二人分の体重を受けとめて軋む。上半身を捻って彼女の顔に近づける。目が合うと彼女は目を閉じた。
 キスするなんて簡単なこと、そう思ったのに体が止まってしまう。劇で本当に王子が姫にキスするのか? 王子役って誰だ? 彼女のクラスは俳優志望のイケメン男子がいたはずだ。

「王子役って誰ですか」
「……」
「聞いてます?」
「早くキスしてよ。練習にならないじゃん」

 目を閉じて眠ったふりをしている彼女に口付けると、くすくすと小さな笑い声が聞こえてきた。俺、遊ばれてる?

「心配しなくても王子役は女子だよ。キスはしたふりだけ。まぁほっぺたくらいにはしちゃうかもしれないけど」
「……」
「機嫌直してよー。だって仁成くん、全然キスもハグもしてくれないから、私は本当に好かれてるのかって心配になるの!」
「すみません」

 なんだ、俺のせいか。役張りだとか、がっついているとか思われたくなくて、なんとなく手を出しづらかった。でもこれで遠慮しなくていいわけだ。

「覚悟してくださいよ。俺がどれだけあんたのこと好きか、わからせてあげます」

 挑発ではなく俺の本心、それを伝えると、彼女は優しく微笑んだ。










ハナキリンの花言葉:早くキスして


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