[ レモンケーキ ]




※大学三年生の話です




 私が通っている手塚学院大学は男子バスケットボール部がそこそこ強くて有名らしい。バスケットボールと言わずスポーツ全般に疎い私は、自身が通いたい学科があったから進学したのだけれど、憧れの選手がいるから試合を応援しにいこうと友人に誘われても断っていた。だからバスケットボール部に誰がいるかなんて知らなくて、授業で同じグループになった柊くんがバスケ部に所属しているなんて気づかなかった。綺麗な顔立ちで色素が薄めだなくらいしか見た目からは感じなかった。
 私は知らない間にバスケ部と繋がりと作っていたのだ。

 みんな揃って課題をやらなければならなくなり、いつどこでやるか相談することになった。大学生だと選択する授業によって放課後が変わってしまうし、昼休みをつぶすわけにもいかない。ならば休日にのんびりやろうかということになったけれど、柊くんは休日が都合が悪く難しいらしい。結局、平日に集まれるメンバーだけで課題のネタ探しをして、休日にオンラインでレポートにまとめることになり、私は都合が悪くなかったので平日と休日両方に参加することになった。
 柊くんの都合の良い時間帯は私の授業がない時間だったので、一緒に図書館へ行って新聞記事をコピーしたり、パソコンルームでインターネット上の情報を調べたりした。たったひとつの授業を共通で取っているだけで学科も違う柊くん、しかもイケメンときたからとっつきにくいったらありゃしない。少し緊張気味で会話していたからか、時々柊くんは怪訝そうにこちらを窺っていた。

「なぁ、俺、さんに嫌なことした?」
「えっ、そ、そんなことないよ。ないない、ないです」
「ならいいや。嫌われてるのかと思った」
「そんな! 嫌う理由なんてない、です!」
「俺、留年も浪人もしてないのに敬語使われてるんだけど……」
「ごめんなさい、イケメンと会話することに慣れてなくて、つい……」

 目を丸くした柊くんは、ぱちぱちと瞬きを繰り返した後、小さく吹き出してお腹を抱えて笑いを堪えようとしている。そんなに私の発言がおかしかっただろうか。目尻に涙がうっすら浮かんでいるような気もする。
 深呼吸して落ち着きを取り戻した柊くんは、こちらを向いて無邪気な子どものような笑顔を見せた。

さんって面白いな」
「……はぁ、そうですか」
「慣れてないと言わずに、とりあえず課題はやろう」

 私は大きく頷いて柊くんに同意した。







 どんな気持ちの変化があったのかわからないが、友人からバスケ部の練習試合を見に行こうと誘われて行くことにした。場所が自分の大学だから交通費は定期券があればかからないというのがいちばんの理由かもしれない。ルールもわからない私が見ても楽しめるだろうか。わからないところは教えてあげると張り切っている友人は、気になる後輩ががバスケ部にいるらしい。試合前のウォーミングアップ中に体育館に到着した私たちは二階の柵に寄りかかってコートを見下ろす。
 ふと見たことがある色素の薄い髪の人がいるなと思えば、よく見ると柊くんだった。柊くん、バスケ部だったんだ。だから休日は練習で都合が悪くて課題ができなかったのか。

ちゃん、どしたの? 口ぽかーんと開いてるよ」
「柊くん、バスケ部だったの知らなかった。同じ授業受けて同じグループで課題もやったのに」
「柊くんはエースだよ。知らなかったの?」
「うん。バスケ部なの知らないのに、エースだなんてもっと知らないよ」

 驚きで声がでなくなる。スマートなボールさばき、シュートを決める綺麗なフォーム、汗を腕で拭う仕草、どれも見惚れてしまう。試合中はずっと柊くんの姿を無意識のうちに追っていた。かっこよくて感動した、なんてありきたりな感想しか思い浮かばなかったけれど。

 出待ちをするという友人に連れられて体育館の出入り口に向かう。相手チームに続いて自分たちの大学の選手たちが出てくる。お目当ての後輩を見つけた友人は突撃して何か一生懸命話しかけていた。私は後ろの方でその姿を見ていたけれど、視界に柊くんが映って声を掛けようか迷っている間に、友人のように話しかけに来た女の子の相手をしていたの黙って立っていた。
 一瞬柊くんと目が合った気がしたけれど、気がしただけなので手を振ったりはしなかった。

 翌週の柊くんと一緒に受けている授業の日、早めに教室に到着したのでひとりで小説を読んで待っていると、同じように早めに到着した人が教室に入ってきた。大教室ではないから誰が来たのか気になって顔を見ると柊くんで、目があって「おはよう」と声を掛けられた。私も「おはよう」と返すと、柊くんは私の隣の席に座る。

「この前、試合見に来てたか?」
「あ、うん。友達に誘われて」
「似てる人がいるなと思ったんだよな。試合、どうだった?」
「私、スポーツ全般に興味ないし、バスケのルールもわからないけど、柊くんがすごくかっこよくて感動した」
「そっか。楽しんでもらえたのならよかった」

 イケメンと会話することに慣れていない私だけれど、授業と課題を通じて柊くんとの距離が少し縮まった気がした。







 半期の授業も終盤になり、せっかく同じ授業を受けている仲なので飲みに行こうという話が出た。もちろん柊くんと一緒に受けているの授業のことだ。三十人もいない学生のほとんどが参加することになり、駅前のチェーン店の居酒屋の大宴会場で催されることになった。意外なことに行ってみると柊くんが来ていた。私が座った席からはかなり遠い場所だから話はできそうにないけれど、今日は部活が休みなのだろう。
 乾杯の合図と同時にみんなでお酒を飲む。高校生では考えられなかった光景だ。お酒が入ると人が変わる人もいるし、変わらず淡々と飲み続ける人もいれば、黙々と食事に手をつける人もいる。私はお酒も食事も会話も楽しみたいタイプだけれど、宴会で大騒ぎするのは好きではない。柊くんの周りが大いに盛り上がっていて、柊くんも笑っているから楽しんでいるようだった。
 なんだか柊くんのことばかり見てるみたいだ、私。
 柊くんは席を離れて、おそらくトイレに行って戻ってきて、自分の飲んでいるお酒のジョッキを持ってこちらにやってきて私の隣の空いている席に座った。

「あっち、うるさすぎ」
「すごい盛り上がってるね」
「たまにツボにハマって飲み食いするどころじゃなくなる。残ってる唐揚げ、もらっていいか?」
「どうぞどうぞ」

 他愛もない話をして、出された料理を一緒に食べて、お酒を飲んで、ずっと前から仲が良かった友人のように柊くんと過ごす時間が心地よい。少しの沈黙の後、とん、と私の肩の上に重みがかかる。柊くんの頭が寄りかかっていた。眠いのだろうか。

「悪い、眠くて」
「お酒飲みすぎじゃない?」
「そろそろウーロン茶にするか」

 私も飲んでいたお酒が空になったので一緒にウーロン茶を注文する。ウーロン茶で乾杯して酔いが醒めてすっきりすればいいな。
 トイレに行きたくなり席から立ち上がろうとした瞬間、手を掴まれた。テーブルの下を見ると柊くんの手が私の手を掴んでいる。戸惑う私を真顔で柊くんは見ている。

「柊くん、あの、トイレ行きたいんだけど」
「うん」
「うん、じゃなくて、手離して」
「嫌だ」
「嫌だ、じゃなくて」

 困って何度も手を引いて無理矢理トイレにまで連れて行こうかと思ったりしていると、突然柊くんが笑って手を離してくれた。何だったの一体。掴まれていた部分が熱くて、トイレに行って戻ってからも熱を持っていた。肝心の柊くんは別の席に移って歓談している。
 本当にあれは何だったのだろう。ウーロン茶を飲みながらデザートの杏仁豆腐に手を付けた。







 授業を終えて帰宅しようと建物から出たところで、ばったり柊くんに出くわした。授業以外の時間に会うのは珍しい。並んで歩いていると、柊くんが私の手を引く。
「ちょっと、いいか」と言われて頷けば食堂のテラス席に連れていかれた。

「改まってどうしたの?」
さんにちゃんと話がしたくて」
「ちゃんとって?」
「飲み会の時に、手繋いだこと……」

 そういえばそんなこともあったな、くらいにしか思っていなかった。あれには何か意味があったのだろうか。
 柊くんは私から少し目を逸らして口を開く。

さんと手を繋ぎたかったし、引きとめておきたかった」
「トイレ行きたかったから振り切っちゃったけど……」
「あぁ、悪かった。それで、手を繋ぎたかったのは、それは、好きだから、なわけで……」

 好きって何を?

「俺はさんが好きだ」

 二人だけが切り取られた世界に入ったように周りが何も見えなくなる。
 私、柊くんに告白されているの?
 柊くんの耳は赤いし、手はぎゅっと拳を作って握っている。緊張しているのだろうか。これは本気の告白ってやつだ。返事しなくちゃ。でも、何と言えばいいのか。だって、バスケ部のエースでイケメンの柊くんと仲良くなるなんて考えてもいなかったから。

「ありがとう、すごく嬉しい。けど、そんなこと考えたこともなくて」
「それは、俺のこと異性として意識したことがないってこと?」
「そう、ごめんね。だから、友達からなら始められそうかなって」
「いいよ、友達からで」
「いいの?」
「そっちこそいいのか? 好きな相手、いないのか?」
「うん、今は特定の誰かっていないから。よろしくお願いします」

 手を差し出すと柊くんは照れたように笑って握手してくれた。




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大学生の仁成さんと一緒に授業受けて、飲み会で手を握られて、素面の時に告白されたい!
みたいな願望を詰め込みました。書いててとても楽しかった!

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