【冬の海】





 一緒に帰ろうと誘われて柊くんと二人で国府津駅まで歩く。肩と肩が触れそうで触れない、指先が掴めそうで触れる勇気がない。私も柊くんもおしゃべりが得意ではないから、黙ったまま並んで歩く。私にはそれが心地よかった。触れあわなくても柊くんのぬくもりが伝わってくるようで心が温まる。そんな冬の日の帰り道。
 柊くんが駅の手前で足を止めたので、私もそれに倣う。少し見上げたところにある柊くんの横顔が、海の方を向いていた。

「海、寄ってもいいか?」
「いいよ、行こう」

 海へ続く道をさくさく柊くんは進んでいく。余程、海に行きたいらしい。私の目の前を歩く柊くんの背中は広い。どうしてバスケット部のエースの柊くんと私なんかが付き合っているのだろう。菫と美加と仲が良いから柊くんとの接点も自然とできたけれど、それが交際に繋がるなんて思いもしなかった。
 高架下のブロックの上に腰掛け、海風に顔を撫でられながら海を眺める。投げ出された柊くんの手に触れようとして、伸ばした手を結局引っ込めてしまった。うまくいかないな。

「うまく話せなくて、ごめん」

 急に柊くんが謝るものだから、驚いて私も謝り返した。

「こっちこそ、口下手でごめんね。話し上手じゃないしかわいくないし、何もかもがごめんだよ」
「俺はっ、俺は、話さなくてもあんたと一緒にいると楽しいよ」
「わ、わたしも! 柊くんと一緒にいると心地いいし温かい気持ちになれるから好きだよ。柊くんと一緒にいる時間が好き、大好き」

『好き』と言ってしまった。恥ずかしさを誤魔化すために『時間が好き』と言い直したけれど、更に『大好き』とまで言ってしまって、砂浜に穴を掘って入りたい。
 こういう考え方がいけないことはわかっているけれど、劣等感の塊のような私は自信を持って生きていくことが難しい。好きだから柊くんと付き合っているし、好きだという気持ちはちゃんと私の心の中で生きている。

「ちゃんと、柊くんのことは好きだよ。迷惑じゃなければ、これからも好きでいたい」
「全然迷惑じゃない。むしろ大歓迎。俺のこと、ずっと好きでいて」
「う、ん……」
「キス、していい?」

 唐突な申し出に返事ができずにいると、くすりと小さく笑った柊くんの唇がそっと私のそれに触れた。




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テーマ 冬の下校中の制服デート。
仁成さん、冬の国府津の海、好きそう。

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