[ ひとつあけた隣の席は僕のもの ]





部活のない放課後はつまらない。誕生日をよく知らない人間に祝われるのは、わがままだけれどいい気はしない。どうせなら……。国府津駅で発車直前の電車に乗り込んで空席に腰を降ろすと、隣の人が身を少しずらした。俺が座ったのは不快だったか。謝ろうと思えば、その人はクラスメイトので俺を窺っていた。


「ひいらぎ、くん?」
「悪い、隣に座って」
「ううん」


どうせなら、誕生日おめでとうと言ってほしい。席が近くなったこともないし、話したのも初めて。ただ芳川と堀井と話している姿をよく見かけた。どちらかというと大人しくて目立たないタイプだけれど、芳川と堀井といるときはいつも優しい笑顔を浮かべていた。かわいいと思った。見た目だけかと言われればその通りだけれど、クラスでも分け隔てなく誰とも接する姿や、当番をさぼったりしないで真面目なところも好感だった。

ただ噂は聞いたことがあった。立花のことが好きだと。

は俺と距離を置きつつも「誕生日おめでとう」と言ってくれた。優しい声で、顔は若干引きつっているけれど。俺、嫌われてる?


「ありがと」
「今日、お菓子、あ、えびみりん焼きしかない。ごめん、何にも持ってなくて」
「腹減ってるわけじゃないし」
「誕生日の、お祝い……」


会話が続かない。車内の人はまばらで静かだ。このまましゃべらないで小田原まで行けばいい。そう思ったのにはなぜだか話しかけてくる。俺のこと、嫌いとか苦手だと思っているわけではないのだろうか。


「今日は寒いね。というか、今年寒い」
「あぁ、寒いな」
「冬になったらコンビニで肉まん食べてる柊くんと立花くんの姿が見られると思ったんだけどね」
「九州だからな」
「立花くんは元気にしてるか知ってる?」


きっとは立花のことを想い続けている。鞄の中のえびみりん焼きを見つめる姿が儚く今にも消えてしまいそうで、抱きしめたい衝動に駆られるがそんなことができる関係でもないので手が出せずにいる。立花には芳川がいる、それは誰もが気づいていることであって、もわかっているはずだ。
俺もそんな風に想われてみたい。誰でもいいわけじゃなくて、隣にいる今にも涙を零しそうな程に目を潤ませたに。

「私、ここで降りるね」そう言って彼女は降りるはずではない駅に電車が停車した瞬間、立ち上がって電車から降りてしまった。呆気に取られている間に扉が閉まりそうになり、慌てて鞄を抱えて電車から降りた。は壁の方を向いていて俺には表情は見えないけれど、泣いているに違いない。鼻をすする音が聞こえて俺の考えは確信に変わる。

掛ける言葉がないというのにどうして一緒に降りたのか。傷心のに優しく寄り添うことなんて俺にできるだろうか。できない、できる気がしない、それでも振り向かせたいと思う自分がいる。


「立花のこと好きなんだろ。芳川がいるとわかっていても」
「ひいらぎ、くん、なん、で……」
「誕生日プレゼントにえびみりん焼きがほしいって言ったら、その鞄の中のをくれるか?」
「え……」
「そんなことで立花のことを忘れられるとは思ってない。でも、俺のことも見て欲しい。友達でいいから」
「わたしが、ひいらぎくんの友達だなんて、緊張してむりだよ」


友達になることすら拒絶されて、実は友達は無理だけれど恋人ならオーケーなんてそんな虫の良い話があるわけがない。それなのに自分の口から滑らかに出てくるこの言葉は何だ?


「俺はのことが好きだ。だから友達じゃなくて本当は彼女になってほしい。いきなり言われても混乱するだろうから友達って言ったんだけど……」
「わ、たし……?」
「うん」
「びっくりして、ちょっと、えっと」


は鞄からハンドタオルを取り出して目元の涙を拭う。こういうときにさっとティッシュを出すような男がいるらしいが、鞄の中にあるティッシュの存在なんて忘れていた。なぁ、ティッシュを差し出せるような男だったらいい返事をもらえるか? 立花だったらそういう気遣いができるから好きになったのか?

は俯いたまま何も言わなかったけれど、しばらくして鞄の中のえびみりん焼きを取り出して俺に差し出した。


「誕生日おめでとう」


泣いて赤く潤んだ瞳に胸が跳ねて、言葉を絞り出すことができなかった。恐る恐るえびみりん焼きを掴もうとして、の手ごとを掴んでしまった。慌てて手を離し、えびみりん焼きだけをの手から抜き取った。


「ごめん。おもいっきり手掴んだ」
「ううん、大丈夫」
「これって、どういう意味?」
「えびみりん焼きは友達の証、かな?」


まずは友達になってくれるらしい。
どこまで関係を変えることができるかわらかないけれど、時間はいくらだってある。来年の誕生日までに振り向かせてみせる!




* * * * * * * * * *

数日遅れで、誕生日おめでとう!!!
立花のことが好きな女の子がえびみりん焼きを持っていて、誕生日プレゼントにする、みたいな話を書きたかっただけです。

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