[ 雨宿り ]





 夕方から急な雨にご注意。
 気象予報士がそんなことを言っていた気がする。折り畳み傘は常時鞄に入れているから何の心配もないはずだった。帰り道で雨に降られて鞄の中を見れば、そこに折り畳み傘の姿はない。どうやら学校で荷物を整理したときに別の手提げ袋に入れてしまったようだ。運悪く、今日は手提げ袋を持ち帰らなかった。
 仕方なく海の方へ道を逸れて進み、高架の下で雨宿りをする。台風ではないから海の見えるところで雨宿りをしても危険はないだろう。誰もいない砂浜で一人雨宿り、のはずだったが先客が地べたに寝転がっていた。

「柊くん? ごめん、誰もいないと思ったから」
「あぁ、か。どうした?」
「傘、忘れちゃって」
「俺も。雨宿りついでに寝てた」

「コンクリートの上だから体が痛い」と肩をさすりながら柊くんは体を起こして胡坐をかく。お昼寝タイムの邪魔をしてしまったようだ。寝ぼけまなこをこすった後、彼は真っすぐ海を見つめる。色素が薄く透き通るような白い肌と髪、すっと通った鼻筋、きゅっと固く結ばれた唇がゆっくりと開いてテノールを奏でる。
「美人だねぇ」と心の中で呟いたつもりが声に出ていたらしく、大真面目な顔でこちらを見ていた。

「美人って、男に使うか?」
「一般的ではないよね。でも、それ以外の表現を私は持ち合わせていないから」
「俺よりはの方が美人だろ。あー、美人っつーか、どちらかというとかわいい、か」

 美人に褒められて悪い気はしない。「ありがと」と言えば、柊くんは顔を背けてしまう。短い髪のせいで赤く染まった耳がこちらから丸見えだ。
 芳川さんのように優しくもないし、堀井さんのようにムードメーカーでもない。教室のすみっこで目立たないように過ごしている私のことを、学校中の誰もが知っているバスケ部のエースが顔も名前も覚えている。そのことだけでも奇跡だというのに、お世辞とはいえ「かわいい」と言ってくれたので自惚れてしまいそうだ。
 柊くんと二人きりになることなんて滅多にない。暇つぶしに聞きたいことは聞いてしまえ。

「柊くんは大学に行ってもバスケするの?」
「あぁ、そのつもり。は?」
「志望校がD判定でね……どうしようか悩み中」
「イイトコの大学目指してんだっけ。大変だな」
「最近になって志望校変えたから仕方ないよ。勉強しろってことだよね。それなのに雨だし傘忘れたし」
「休憩しろってことじゃん」

 柊くんは大きな怪我さえしなければ、すんなりスポーツ推薦で好きな大学に入れるだろう。スカウトだってついてるはずだ。私とは住む世界が違うのだ。
 俯いていると頭にぽすんと何かが載せられた。落ちないように受け留めたそれは、開封済みのえびみりん焼き。二枚入っている。

「それでも食ってがんばれよ。俺には応援するくらいしかできないから」
「あ、ありがとう。でもなんで、えびみりん焼き?」
「堀井にもらった」
「じゃあ、二枚あるから一緒に食べよ?」

 雨の国府津の海で柊くんとえびみりん焼きを食べる。ぱりぱりとえびみりん焼きが割れる音が響いて心地よい。柊くんとえびみりん焼きは本当に似合わない。欠片を唇に張り付けている柊くんの横顔が、転校した彼と被って見える。立花くんが好きだったえびみりん焼きを食べて、遠く離れた仲間を想うのだろうか。意外と柊くんはロマンチストなのかもしれない。
 いつの間にか雨は小雨になっていた。これなら傘がなくても駅まで歩いて行けそうだ。

「行くか。は、どうする?」
「一緒に行ってもいい?」
「あぁ」

 先に立ち上がった柊くんはこちらに手を差し出していた。その手に触れると重力に逆らってすいっと引き上げられた。勢いあまって柊くんの胸に飛び込んでしまう。
 慌てて離れて謝ったが、胸のどきどきが止まらない。柊くんにとって取るに足らないことかもしれないが、恋愛初心者の私には刺激が強すぎる。
 どうしよう、柊くんに恋をしてしまったようだ。
 どきどきする胸を押さえながら柊くんの顔を見ると、意外にも手で口元を覆っていて短い髪で隠れない耳が赤く染まっている。
 柊くんもどきどきしているの?
「行くぞ」と声を張り上げた柊くんは、すたこらさっさと駅の方へ早歩きで進んでしまう。姿がどんどん小さくなっていくので慌てて追いかけた。









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梅雨っぽい話を。


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