「あ、仁成!」
 の声が背後からしたけれど、クラス全員分の数学のノートの上に、東本に貸していた英和辞典と国語辞典を載せて抱えている俺はまともに振り返ることができそうにない。無理して振り返ればバランスを崩し、4階の教室から1階の職員室まで運んできた俺の苦労は水の泡になるだろう。
 の声を認識したことをアピールするために、立ち止まる。職員室の扉は目の前、そして気づく。両手が塞がった状態では閉ざされた扉を開くことができない。
 俺の隣に立つは「どうしたの? 雑用?」と尋ねいつもと変わらない様子だ。笑って、俺の辞典をノートの上から2冊とも取り上げる。そして職員室の扉を開いた。笑顔で「どうぞ〜」と職員室へ俺を促すは、まるでツアーの添乗員。「こちらが、職員室でございます」と言い出しそうだ。
 数学教師に集めたノートを渡し、ねぎらいの言葉を掛けられ職員室を後にした。廊下で、微笑んだが俺を待っていた。
 
 
「今日さ、一緒に帰れる?」
「部活……少しだけあるけど?」
「じゃあ待ってる」
「いつもみたいに早く帰って、勉強するんじゃねーの?」
「今日は特別なの!」


 何が特別? 誰かの誕生日? いつもどおりじゃないか、今日は。
 腑に落ちない顔をしていると、の声が聞こえた。


「デジャヴだよ。今日の目覚めは、仁成と手を繋いで一緒に帰る夢だったの。だから、絶対一緒に帰るって決めたから、イヤって言っても一緒に帰るからね」
「それだけ?」
「それだけ。一緒に帰るのに理由なんていらないよ、普通」
「それもそうだな」


「やったー」と叫ぶ嬉しそうなの顔を見ていると、こちらまで嬉しくなる。早く部活を終わらせて、と一緒に帰ろう。そのときは、俺から手を伸ばして、と手を繋ぐんだ。
 の夢の中で、どちらが先に手を伸ばしたかはわからないけれど、なんとなく俺が先に伸ばしたのだと思う。
そんな夢で、俺も目覚めたような気がするから。




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アンケートお礼の捧げもの。ほのぼの、がテーマ。


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