[ 満ちても欠けてもセプテンバー ]





中学校卒業直前、幼馴染のに尋ねられた。「葉山崎、受けなかったの?」と。
親父と兄貴を追いかけるつもりはなかった。
バスケットもやめるつもりだった。だから、国府津高校を受けた。

「仁成くんと一緒に葉山崎に通えると思ったのに・・・残念だよ」
残念がっているように見えるが、本心はそんなこと思っていないだろう。
は、兄貴の出身高校に通えるから幸せなんだ。
それで、手塚学院大学を目指すだろう。
ずっと兄貴の背中を追いかけてろよ。

確かに、俺はのことが好きだ。
でも、の背中を追いかけて、葉山崎へ行くつもりはない。
を追い越して、目の前に立ちふさがってやる。
兄貴のことなんか、目に入らないようにしてやる。
俺のことしか、見えないようにしてやる。

ああ、追い越すということは、追いかけるということか。
けれど、兄貴に勝つには、バスケットでを振り向かせるしかない。

国府津高校でバカと縁があって、バスケットを続けることになった。
その話もすぐの耳に入る。
からメールがきても、普段は兄貴の内容ばかりだったが、珍しく俺に関わることだった。


『来週、葉山崎と試合だってね。頑張って! 拓也くんと一緒に応援に行くから』
「ありがとう」


兄貴と一緒に、か。
もう付き合ってるのか?
それならそれで諦めがつくからいい。バスケットに集中できる。
いつも、頭の片隅にはがいた。
勝手に、自分のことを応援している姿を映し出していた。

この試合に勝ったら告白しようか。
いや、告白したところで、デートもろくにできない俺には無意味だ。
それに、振られるのも怖い。
それなら、今のままでいい。ただの幼馴染のままで、誰かがのこと掻っ攫ってくれればいい。

今は、来週の試合に集中する。勝って、先に進むんだ。

試合会場で、葉山崎側の席で並ぶと兄貴を見つけた。
は俺に気づいて手を振るが、コクリと頭を少し倒して返事した。
のことは、一旦忘れる。
勝つ。ただそれだけ。







拓也くんと二人で並んで試合を見るのは初めてだ。
仁成くんと一緒に拓也くんの試合を見に行ったことはあるけれど、仁成くんの試合を一緒に見たことはなかった。
仁成くんの姿を見つけて手を振る。小さく頷いてくれた。


「試合前にそういうのは、やめたほうがいいな」
「ごめんなさい」


そうだね、集中したいよね。大事な試合だもの。
それなのに、女子生徒たちは葉山崎の選手に黄色い声を上げている。
高岩さんや成瀬さんがかっこいいのはわかる。
けれど、私には魅力がわからない。
私の瞳には拓也くんしか映らない。

試合を見るふりをして、拓也くんのことばかり見ていた。
端正な横顔に惹きつけられる。
久しぶりに近くに居られて幸せだった。
後半戦に入り、私たちに近づいてきたおじさんはバスケット関係者らしく、拓也くんを連れて行ってしまった。

ひとりぼっちの私はすることがない。
葉山崎の生徒なのに応援する気もなくて、仁成くんの姿を追った。
一生懸命な姿、初めて見た。
拓也くんのことばかり見ていた私には新鮮だった。
拓也くんとは違うプレイ。血は繋がっているから似ている容姿。
拓也くん以外に、かっこいいと思ったのは初めてだった。
他校なのに応援していた。声には出せないけれど、仁成くんのことを、仁成くんたちを応援していた。

私も何かにひたむきに頑張れたらいいのに。
負けても、国府津高校のみんなは前へ進もうとしているように感じた。
バスケットの試合で感動して涙を流したのは初めてだ。

体育館の外で拓也くんを待った。
辺りを見渡していると、すぐに拓也くんは来てくれた。


「悪かったな、一人にして」
「ううん、仁成くんたち、すごかったね。負けちゃったけど」
「葉山崎、応援してなかったのか?」
「自分の高校とか関係なくて、国府津が、仁成くんがすごかったの」
「ああ、そうだな。ただ、葉山崎が上にいって当然だ。1年だから、仁成はまだまだこれからやれる」
「そうだね」


拓也くんの目は、いつもより輝いて見えた。
仁成くんのこと、ライバルだと言っていた。そんな彼の姿を見て、奮い立つものがあるのかもしれない。
私も前に進みたい。
立ち止まって拓也くんの背中を見つめる。覚悟は決めた。
ついてこない私を振り返る、拓也くん。


「どうした、?」
「大学生から見たら、私はまだまだお子様?」
「何を言ってるんだ?」
「私、拓也くんのことが好き」


拓也くんは面食らっているようだった。
こんな場所で、告白されるなんて、しかも私から、想像もしなかっただろう。


「それは、友達としての好きじゃないんだな?」
「うん、ごめんなさい」
「謝ることじゃないよ」
「でも、わかってる。拓也くんは、私のこと、好きじゃない。彼女、いるんでしょ?」
「いないよ。でも、ごめん。俺は、のこと、妹みたいにしか思えないんだ」
「ううん、それでいい。ずっと、拓也くんの妹でいていい?」
「ああ」
「ずっと、拓也くんの自慢の妹でいられるようにする」


振られるのはわかっていた。
今、前に進むために必要だった。この告白は。
拓也くんは、私の頭をポンポンと撫でてくれた。







珍しく携帯電話が通話を知らせる。
試合が終わって帰る前、まだ国府津の連中と一緒にいたから、そっと輪から抜けたつもりだったが、東本に気づかれ腕を引かれた。


「おい、帰んねぇのか」
「電話だ」
「女?」
「幼馴染だよ」


負けた俺を慰めてくれるのか。
葉山崎の勝利をかみしめたくて俺を呼んだのか。
深呼吸して通話ボタンを押す。


「もしもし」
「ひ、ひとなり、くん」


泣いている?
声を詰まらせながら、俺の名を呼ぶ
言葉が続かず、何も話さない。


「どうした? 今、どこにいる?」
「試合会場の外」
「どこだ? 俺もまだいる」
「入口の池の奥」
「わかった、すぐ行く」


キャプテンに事情を説明して、後からすぐに国府津へ帰ると約束した。
駆け足で入口の池の奥の木が茂っている場所へ行くと、ベンチで一人腰掛けているがいた。
ハンカチで顔を覆っている。
やっぱり、泣いている。誰が、泣かせたんだ。


、どうした」
「仁成くん、大丈夫。泣いてるだけだから」
「何があった。誰に何された。痛いのか? なぁ?」
「ううん、痛くないよ。落ち着くために泣いてるの。こうなるのはわかってたけど、前に進めなくて、進みたくて」


抱きしめてやりたい。
けれど、触れる勇気もない。


「拓也くんに、好きって言った」
「兄貴に・・・言ったのか。それで・・・」
「振られたよ。妹なんだって、私は」
「・・・」
「でも、ずっと妹でいていいよって言ってくれた。優しいよね、拓也くん」


優しいわけないだろ。
本当に優しくてのことを想うなら、俺も好きって言うだろ。恋人になるだろ。
掛ける言葉が見つからない。
「俺にしろよ」なんて、傷ついているに言えるわけがない。
沈黙を破ったのはの方だった。


「ねえ、仁成くん」
「なんだ?」
「好きになるのも、嫌いになるのも、振られるのも、振るのも、つらいものだね」
「つらいけど、楽しいときも、幸せなときもある。兄貴のこと、好きでよかったこと、あるだろ?」
「そうだね。拓也くんのこと、見ているだけで幸せだった。傍にいられて幸せだった。振られるのも、わかってた」


振られるのがわかっていて告白する意味は何だろう。
俺にはできっこない。
無駄だと思う。振られて自分は傷つく。振った方も、振った罪悪感に悩むこともあるだろう。


「振られる覚悟で気持ちを伝えたのは、意味のあることだったか?」
「前に進みたかった。仁成くんのバスケットをしている姿を見ていたら、私も何かしたいって思ったの。
 そしたら、拓也くんのこと好きって気持ちを整理するのがすぐにできることだと気づいてね、試合が終わってから告白して振られた」
「そっか」
「これで、私もちゃんと前を向いて進める気がする。ごめんね、試合終わったばかりで疲れているのにこんな話に付き合わさせちゃって」
「俺に話すことも、が前を向いて進むための一部なんだろ」


いつか、に俺のことを好きって言って欲しい。
でも、今はが立ち直る手助けを、また笑ってくれるように心の支えになる。
が前を向いて進めるように。転んだら手を差し伸べて、また歩みを進められるように。


「ありがとう、仁成くん」
泣いて赤く腫れた目でも、笑顔は綺麗だった。






お題は「オーロラ片」さまからお借りしました。


**************************************************

サイト10周年企画の上から2つ目の話をリメイクしました。
【02.追いかける → 45.振られる → 13.慰める(I'll / 柊兄弟 / 幼馴染 / 20141227)】

アンケートを読み直していると、「片想いされる」がちらほらあって、
そうだよなぁ想われるって幸せなことだもんなぁと思いながら、リメイクしました。
(ネタ切れってことじゃないか……)

inserted by FC2 system