[ a green winter ]





年が明けてから柊くんとは話していない。
メールしても返事が来ない。
廊下ですれ違っても、軽く目を合わせるだけ。
今日も、柊くんの誕生日だというのに、お祝いメールの返事は来ないし、学校ですれ違うこともない。

クラスメイトのバスケ部員の子に聞いてみたら、今日の部活は休みらしい。
誕生日だからお祝いするのか聞いてみたが、部活でそういうイベントはないし、
芳川さんと堀井さんたちも、誕生日は知っていたけれど、私がいるから遠慮して何も企画していないのだとか。


とラブラブデートじゃないの? さっき、柊とすれ違ったけど」
「どこで?」
「正面玄関だよ、さん」


放課後の正面玄関ですることなんて、帰宅だけしかない。
大急ぎで教室に戻り、荷物をまとめて学校を飛び出した。
結局、小田原駅に着いても、仁成に会えなかった。

ケーキ屋でケーキを二切れ買い、とぼとぼと柊くんの住むアパートに向かった。
閑静な住宅街。
冷えた空気が頬を撫でる。

階段を上って、仁成の部屋の前に立つ。
チャイムを鳴らしても、誰も出てこない。
ノックしても、何の反応もない。

まだ、帰っていないのかな。
でも、帰らないはずがないよね。
実家には、余程のことがない限り、帰らないって言ってたし。
その、『余程』のことが起きたのかな。

柊くんに会って話したいって言ったら、私はわがままなのかな。

額と掌を扉にぴたっとつけた。
冷たい。
でも、柊くんがここで日々暮らしていることを思えば、心が温まる。

こんな姿、誰かに見られたら不審者だよね。
扉の前でしゃがんで、しばらく時がすぎるのを待った。


指先がかじかむ。
体も冷えた。
ずっと地べたに座っていたから。
カイロでも持ってこればよかった。

かれこれ一時間以上経つ。
諦めて帰ろうかな。
でも、誕生日、お祝いしたいんだよ。

立ち上がって、ケーキの入った箱を手に提げる。
制服のスカートについた砂を払い、仁成の部屋に背を向けた。
空気の流れが変わった。
振り返ると、扉が開いて、眠そうな顔の仁成が現れた。


!?」
「柊くん・・・いたんだ」
「寝てた。いつから?」
「さっき来たばかり」
「じゃあ、どうして何もせずに帰るんだ? 鼻の頭、赤いぞ。冷えてるのがバレバレ」


柊くんは、私の冷えた手を掴んで、部屋の中へ連れ込む。
扉が閉じた瞬間、柊くんは私を抱きしめた。
柊くんの体温が心地よい。


「冷たい。こんなになるまで黙ってそこにいるなよ」
「チャイム、押したけど反応なかったよ」
「ごめん、寝てたんだ。気付かなくて、悪かった。俺のせいだな」
「違うよ、私が勝手に待ってただけ。柊くんの顔、見たかったの。迷惑かけてごめんね」
「迷惑じゃねぇよ」


柊くんの体に腕を回そうとしたけれど、ケーキの箱と鞄が邪魔をする。
今なら言える。


「柊くん!」
「なんだ?」
「誕生日、おめでとう」
「・・・ありがとう、そういえば、そうだったな」
「忘れてたの?」
「特に、何か変わるわけでもないし」
「お祝いしようよ! ケーキ、買ってきた」


ケーキの箱を見せると、少しだけ微笑んでくれた。
柊くんは紅茶を用意している。
私は、まだぬくもりが残っているであろうベッドにダイブした。
温かい。さっきまで眠っていた柊くんの温かさだ。


「こら、飛び乗るな」
「あったかいね」
「俺が寝てたからな」
「温かいって幸せなことだね」


柊くんは黙って頷いた。
テーブルにティーカップが置かれたから、私はベッドから抜け出す。
ティーカップに手を添えて暖を取っていると、柊くんが言葉を紡ぐ。


「ちょっと、スランプでさ」
「そう、だったんだ。知らなかった」
「ずっと、メール返してなくてごめん」
「いいよ、ちゃんと学校に来てるのはわかってたから、病気で倒れたりしてなければオーケー!」
「ごめんな、俺、に心配ばかり掛けてる」
「気にしないで。私が好きでやってることだし、それに、柊くんのこと、好きだから」
「俺は、のこと好きなのに、何にもしてやれないよな」
「だから、気にしないでいいって言ったじゃん! 次言ったら、ケーキ代払ってよ」


少し強気で言ったら、柊くんは驚いていた。
すっと目を細めて、「わかった」と言った。


「柊くんの元気がないときは、励ましたいって思うし、困ってるときは、助けたいと思うし、
 こんな私にできることなんて何にもないかもしれないけど、一応頑張ってる」
「それは、誰よりも俺がいちばんよく知ってる」
「そう言ってもらえると、嬉しい」
「いつもありがとな。今日は、最高にあったかい日だな」
「寒い誕生日にならなくてよかったね」


どうか、私が家に帰った後も、柊くんの心が寒さで冷えませんように。




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ハッピーバースデー 柊くん 2015年
greenには雪が降らない温暖な、という意味があるそうなので、
心温まる冬という意味で。

くっそ、永遠の高校生、うらやましいぜ!

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