[ カンセイ ノ ホウソク ]





国府津駅へ向かう途中、見慣れた後姿を見つけて小走りになる。
私の足音に警戒した彼は、こちらを振り返る。
見慣れた後姿は、単純に私が追いかけているだけであって、会話したことはほとんどない。



「柊くん、今帰り?」
「ああ。も?」
「そう! 途中まで、一緒に帰っても、いい?」
「ああ」



少し声が震える。
緊張する。
声がかすれる。
何を話せばよいか、わからない。



「あのさ、調子、悪い?」
「へっ?」
「声がかすれたりしてるし。乾燥してるからな。のど飴、いる?」
「え、あ、うん。欲しい」



両手をお椀のようにして柊くんの前に差し出した。
「そんなにたくさんないけどな」と笑いながら言う柊くんは、りんご味ののど飴を二粒くれた。
遠慮なく食べる。
柊くんの意外な一面に惚れた。

私は柊くんの顔や立ち振る舞いが好きだ。
美人だもの。観賞して何が悪い。
だから、毎日目で追っている。
見慣れた後姿、見慣れた横顔、聴きなれた声、全部、全部、今は私がひとりじめ。



の家はどっち方向?」
「小田原だよ。柊くんは?」
「小田原。電車も同じ方向だな」
「だね」



気の利いたことが何も言えない。
話してみたいなと思っていた人と一緒にいるのに、何もできない。
柊くんはクールな人だと思っていたけれど、とても温かい。
なんだか、おもてなしされているように感じる。
紳士とエスコートされる淑女。
私は淑女には程遠いよ。おてんば娘くらいが丁度よい。

柊くんからたくさん話しかけてくれて、私が相槌を打てば響いて、不思議な空気だ。
いつもは一人で歩く駅までの道、二人で歩くと楽しかった。
間もなく列車が到着するというアナウンスが薄っすら聞こえ、私たちは顔を見合わせて頷き、駆け出した。
走ってこの列車に乗車すれば、柊くんと一緒にいられる時間が短くなる。
けれど、走りたい気分だった。
柊くんと同じことをして時間を共有するのが、楽しかった。

列車の扉が閉まる合図が鳴る前に乗車完了。
間に合ったことに安堵したのも束の間。列車が動き出して、私は進行方向へ倒れかける。
腕を強く引かれ、持ち直した。
お礼を言って、相手の顔を見る。
赤面する以外、何ができるというのだ。



「ありがとう。・・・あ、ご、ごめんなさい」
「大丈夫か?」
「うん、うん、大丈夫。進行方向と逆に力をかけなきゃ倒れるってわかってるのに、本当にごめん」
「そんなに謝らなくても・・・」



少し困り顔の柊くん。
困らせるつもりは無いのだけれど。
眉をハの字に曲げて、泣きたいのは私だ。

乗客で座席はうまっている。
扉の前に立っている人も数人いる。
私は扉の傍の手すりにつかまり、柊くんはつり革に捕まる。
気まずくて、話せなかった。
柊くんも、何も話さなかった。
小田原駅まで二駅、たったの六分。
俯いて見えた足元は、二人の革靴だけ。
同じ方向を向いていないね。

小田原駅に到着した。
扉が開いて、私が先に降車する。
列車とホームの隙間に落ちないよう、気をつける。
すっと隣を通り過ぎた人が、私の道を塞ぐ。
私の方を見ながら、ゆっくりと後ろに向かって器用に歩く。



「柊くん?」
は、俺のこと、嫌い?」
「えっ?」
「嫌いなら、はっきり言って欲しいんだけど。・・・でも、まぁ嫌いなら話しかけてこないか」



返事を求めているわけではないようで、柊くんはさくさく歩いていく。
慌てて彼の背中を追いかける。
追いついたら話しかける。
誤解を解きたい。



「ち、違う! 誤解だよ!」
「何が?」
「嫌い、じゃない」
「そ、っか」



少しだけ、微笑んでくれた。
それだけで救われる。
一生懸命「好き」をアピールした相手ではないけれど、嫌われるのは嫌だ。



「それなら、それでいいや」
何がどうよいのかさっぱりわからないけれど、柊くんが満足そうだったから私もそれでいいや。











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中途半端やめてえええ、とか言わないでください。。。
高校生活は昔過ぎてどんどん忘れていってしまうのだけれど、
高校生ならではの純粋さとか、淡い色を描きたい。

慣性の法則。
もう物理なんて忘れちゃったよ・・・

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