[ VANISH ]





日が暮れるのも早くなった。
夏は通り過ぎ、秋へ足を踏み入れたようだ。
夕方六時、地域の防災放送が時間を知らせた。
部活を終えて、仲間達と別れて駅へ向かっていると、名前を呼ばれた。
振り返ると、が微笑んで立っている。



「柊くん! 今帰り?」
こそ、遅いな」
「友達の補習に付き合ってた」
「勉強、好きだな」
「絶対医者になるって決めたから。教室の隅で赤本解いててもいいよって先生が言ってくれたの。
 わからなかったら教えてくれるし」



医学部とか偏差値65とか、俺には無縁の世界だ。
なんだろう、この住む世界の違いは。
と俺の間に、壁を感じる。
越えられない、壊せない、そんな壁。



「人の命を救うって、簡単なことじゃないだろ?」
「だから、勉強しなくちゃいけない。バスケだって同じでしょ?」
「そうか?」
「そうだよ。トレーニングしないと体力がつかない。シュートも決まらない」
「医者とバスケは全然違うだろ」
「違うけど、それに向き合うってことは同じじゃない?」



言われてみればそうだ。
けれど、納得いかない。
口をへの字に曲げた。
小声で「わかりあえないってこういうことだよね」と聞こえた。
ぎょっとして隣を見ると、の横顔がどこか遠くを悲しそうに見つめていた。

俺たち、今日で終わるのか?
簡単に終わらせていいのか?
終わらせたくないけれど、が望むのならば仕方がない。



「ねぇ、私たち、今日で終わりにしない?」
「どうして?」
「私、勉強以外のこと見たくないの」
「いやだ」



思っていることと言っていることが正反対だ。
我ながら呆れる。
でも、それが本音だった。即答していた。
もすんなり身を引かない。



「わがまま!」
「わがままで悪いか。当然だろ。嫌いになったわけでもないのに」
「柊くんのこと好きだよ。大好きだよ。柊くんのことで頭がいっぱいになるから、別れたら考えなくてよくなるって思ったの」
「わかった。だったら卒業するまで連絡しない。顔も合わせない。どうせ、は理系で俺は文系だから同じクラスにならないだろ。
 のこと、好きじゃなくなったら、連絡する。……それでいいか?」



は俺の目を見て頷いた。
「じゃあな」そう言って、俺は歩幅を大きくした。
が隣にいるときには絶対にしない速さで歩いた。
逃げたかった。
高校二年生、キャプテンになったばかり、彼女とは順調な付き合いをしていた。
これから一年半、のことを忘れられるか?
忘れられるわけがない。

アスファルトを目でなぞる。
足音に気付かなかった。
腕を引かれて立ち止まる。
息を切らせたが、俺の腕に絡み付いていた。



「今日は、もうちょっと、一緒にいたい」
「……」
「だめ?」
「だめ、じゃない」



次に手を繋いで歩ける日は、いつになるだろうな。



「なぁ、
「!」
「どうした?」
「名前で呼ばれるの、はじめましてだよ。知ってたんだ」
「好きなんだからそれくらい知ってる」



柔らかい笑みがの顔に広がる。
安心した。
がいない時間を有効活用して、強くなろう。
いつかその時がきたら、を迎えにいけるように。









**************************************************

秋だし、金木犀の香りがするし、
本当は勉強して資格をとったほうがいいのだけれど、
登場人物にばかり勉強させているダメ人間です。
inserted by FC2 system