[ waiting for you ]





誰が見てもはっきりとわかるくらい、落ち込んでいる。
スーツケースに荷物を詰めるの手に、意志が感じられない。
今夜出発だというのに、この調子で旅立てるのだろうか。
一年間海外留学をすると自分で決めておいて、意志の揺らぎように笑ってしまう。

そんなもんなんだろうな。
一大決心をしても、うまくいく保障なんてほんの少しもないんだ。
それは俺だって同じ。
言えないまま、今日を迎えている。
いつでも言えたのに、離れてしまったら言えなくなる。
幼馴染は損だな。
近すぎる。もし、ただのクラスメイトだったら気兼ねなく『好き』と言えたかもしれない。
両親同士の付き合いのことも考えると、今の関係を壊せない。



「オーストラリアに行くのが夢だったんだろ?」
「うん。でも、いざとなったら不安」
「英語力が?」
「帰ってきたら高校二年生、仁成は三年生。みんなから一年遅れをとる」
「前に話したときに、同じことを俺が言っただろ。
 それも承知の上で、オーストラリア行きを決めたっては嬉しそうに話してくれた」
「そうだね」



返事が上の空だ。
呆れて散らかった服の山に手を触れると「自分でやるからいい」と制する。
何がしたいのやら。



「留学するの、やめれば」
「簡単に言わないで」
「自分で選んだ道なんだろ? そのまま貫き通せ。俺は、が帰ってくるのを待ってるから」
「え?」
「いや、留年して待ってるわけじゃないけど」



頷きながらは笑っている。
久しぶりに笑った顔を見た気がする。
「待ってて」と小声で言ったがかわいすぎて、赤面する。
そんな俺を見て、はクエスチョンマークを顔の周りにたくさん浮かべていた。

「トイレ行ってくる」と言って部屋を飛び出した。
トイレの個室に鍵をかけて閉じこもる。
冷静になれ、俺。
しばらく会えなくなるのだから、今を大切にしろ。

の部屋の前で深呼吸をする。
昔からの癖で、の部屋に入るときはノックをするのだ。
乾いた音が廊下に響いた。
珍しく、返事に間があった。

そっと扉を開く。
部屋は綺麗に片付いていた。
スーツケースも閉じられて、今にも出発せんとばかりに、はベッドの前に立っている。



「どうした?」
「うん」
「何?」
「うん」
「……」
「大好き」



の言葉に面食らって棒のように突っ立った。
閉じたばかりの扉に押し付けられて、が俺にしがみついていることに気付く。
うまく、呼吸ができず咳き込んだ。
俺から離れたの目が、何かに悲しんでいた。
タイミング悪すぎだろ、俺。
こんなときに、滅多にしない咳をするな。



「ご、ごめん。むせた」
「食道に入った?」
「何も食ってないけどな」
「ごめん、私こそ、本当にごめん」



が目を合わせてくれない。
せっかく告白してくれたのに、俺は嫌われたかな。
俯いたままのに両腕を伸ばした。
抱きしめると、の髪から甘い匂いがした。
頬をの顔に寄せる。
抱きしめたのは初めてなのに、どうしてこんなに安心できるのだろう。



「ひ、と、な、り」
「何?」
「ありがとう」



の腕が俺の背中に回った。
小さい手が、俺の背中の服をしっかりつかんでいる。



「ねえ、仁成」
「ん?」
「帰ってきたら、キスしていい?」
「だったら今すればいいじゃん」
「それはダメ」



おあずけをくらった。
1年待てって?待てるかよ。




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「進路で揺れ動く」と聞いたときに、新聞でしばらく取り上げられていた留学の記事が浮かびました。
留学したことないけどさ。海外はハワイ島に無理矢理連れていかれた1回だけだしさ、
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