[ 布袋葵 (ホテイアオイ)]





『好き』

そう認識したのはいつだったか。
集中力に乱れが出始めた。
パスミスを繰り返したり、東本のチョップをくらってしまったり、峰藤は呆れ顔だ。
追い出そうとしても、出ていってくれない、この感情。

体育館を出て、外の水道で頭を冷やす。
冷静になる、という意味でもあり、実際に頭から水もかぶった。
スポーツタオルで滴る水を吸い取る。
タオルは頭からかけたまま、地べたに座り込む。



「どうしたの、柊くん? 最近不調?」
「芳川か。ん、まぁそんなところかな」
「珍しいね。今度、茜にメールしとこっと」
「おい、余計なこと言うなよ」
「ふふふー」



制服姿の芳川は、満足そうに笑って帰っていく。
今日はインフルエンザで女子バスケット部員が半分もいないから、部活が休みらしい。
いつも一緒にいる堀井もインフルエンザにかかったようで、芳川は一人だった。
芳川の後ろ姿を見送っていると、マスクをした女子が目の前を走っていく。
俺は目を大きく見開いた。
クラスメイトのだ。
「菫ちゃーん」と芳川の名を叫んでいる。

芳川は立ち止まり、二人は笑顔を交わして並んで歩く。
その姿が見えなくなるまで見送った。
姿が見えなくなっても、ずっと見ていた。
目の前に峰藤が現れて、やっと我に返った。



「仁成、お前大丈夫か?」
「あぁ」
「最近、上の空だな。どうした?」
「なんでもない」
「ったく」



峰藤は呆れて体育館へ戻っていく。峰藤の後姿を見送ることはしなかった。
見送るのは、だけだ。
恋が、バスケットの、邪魔をする。
共存できるのか?
俺はそんなに器用じゃない。

好きなんだ。
気がついたら目で追ってて、俺にも話しかけて欲しいと思っている。
だったら話しかければいい。それができない。
だから、こうして悩んでいる。



「好き、なんだよな」
「バスケットが?」



陽が傾き薄暗くなりつつある空を見上げて呟いた独り言に返事があり、俺は驚いて顔を戻した。
東本が愉快そうに笑って立っている。



「柊、お前大丈夫か?」
「峰藤にも同じこと言われた」
「で、何て答えた?」
「いや、別に」
「さすがの峰藤も、柊の恋煩いは見抜けなかったか」
「そうだな」
「否定しねえのか!?」



隠すつもりはなかった。
開き直った方が自分にとってプラスになると思った。
マイナスにならなければどうでもよかった。
に好きな人がいるのかすら、どうでもよかった。



「とはいえ、気になるだろ、の想い人」
「いるんだ?」
「けっ、クールに装って、内心興味津々なんだろ?」
「どうだか」
は俺様のことが好きなんだぜ」
「それはないな」
「即答かよ!」



東本が冗談で言っているのはすぐにわかった。
こういうときは、おそらく俺も東本も知っている奴、ということだ。
そして、東本が俺に隠したくなる奴。立花、とか。
いいんだ、別に。
俺にはバスケットがあるから、恋は後回しにしたい。
したいのだけれど、思考回路から外れてくれない。
どうすれば外れるのだろう。
誰かに外してもらわないといけないのだろうか。
それって誰だ?



「そんなに好きなら、告白すれば? 俺みたいによー、玉砕覚悟で」
「やめておく。そんな度胸はない」
「もしかしたら両想いでオツキアイとかできたりするかもしれないんだぜ?」
「別に恋人付き合いしたいから好きになったわけじゃない」
「お前、健全な男子高校生だったら、両想いになって付き合いたいって思うだろ」
「あいにく、健全ではないらしいな、俺は」
「でも、が柊のこと好きだったら、話は別だよな」



意外と、少し考えてしまった。
想いが、揺れ動く。
バスケットを第一に掲げているけれど、恋もしていいのではないかと。
第二の勉学の次に、恋がきてもよいのではないかと。



「少し考えた、な」
「あぁ、それなりに」
「ま、彼女も彼女なりに頑張ってんだろ。お前も頑張れよ」



東本は気味が悪いくらいにやっと笑い、俺の肩を軽く叩いた。
ただのスキンシップなのに、気色悪い。

が頑張っているって、何を?
だから俺にも頑張れって、何を?
俺とが同じことに対して頑張るのか?
共通点なんて、あったっけ。
思い出せず、悩んでいたら体育館の中からドリブルする音が聞こえて、俺は立ち上がった。

体育館の扉に手を触れた瞬間、東本の言葉が繋がった。
もしかして、俺が恋に対して頑張るということなら、も恋に対して頑張るということ。
それは、俺たちが両想いということ?
俺は、どうしたらいい?

硬直する体。
体育館の中に入れない。
突然肩を叩かれ身構えたら、引退した山崎さんが驚いた表情で立っていた。



「どうした、柊? らしくないな」
「いや、ちょっと……」
「浮気か。気持ちはわからんでもないが」
「ちょっと、山崎さん!」
「バスケット一筋だったのに、今は女の子も気になる。二人の間で揺れる想い。いいねぇ、青春だな」



男同士だからか、男にはすぐわかってしまう。俺の悩み事が。
一度きりの人生だ。存分に揺れさせてやるか。
体育館の扉を勢いよく開き、俺はコートの中へ走っていった。







ホテイアオイ:揺れる想い

From 恋したくなるお題 (配布) 花言葉のお題1


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「揺れる想い」と聞いて、人と人ではなく、
バスケットと人の間で揺れ動くがすぐに連想されました。
ええ、こういうのが好きなの。
好きな人に好きな人がいて、それが自分ではなかったら、すっと身を引くタイプ。

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