【竜胆 (リンドウ)】





美加から話を聞いたときは、何を言っているのか聞き取れなかった。
耳が悪くなったわけじゃない。
耳栓をしていたわけじゃない。
周りの騒音が酷かったわけじゃない。
理解できなかった。
五回くらい聞き返してしまった、「え?何?」と。
大きな溜息をついた美加が六度目に言った言葉は、私の頭の中を右から左へ通過していった。



「立花が骨折して入院してるから、お見舞いに行くよ」



最初に頭の中に浮かんだのは、仁成ではなくて菫だった。
自分の立場に置き換えれば、仁成が骨折して入院しているということになる。
それほど辛いことはない。
替わってあげたいくらいだ。
でも、替わってあげることなんてできない。

どうやら入院したという話は1週間前の話で、菫は元気そうだった。
バスケ部の面々でにぎわっている病室の片隅で、私は見当たらない姿の人のことを想った。
仁成は、どうしているのだろう。
私に対して何も言ってこないし、私も連絡をとらなかった。
学校で姿を見かけても、今までどおり特に会話なんてしなかった。

私は、ちっともあなたのことを考えていなかったね。
辛い思いをしていることはわかっていたのに、自分のことしか考えていなかったよ。

学校帰りにポッキーを食べながら、空を見上げた。
日が沈むのが早くなり、薄暗くなっていた。
ポッキーがなくなるまで歩こう。
海岸沿いの国道一号線。人通りも少なく、歩きやすい。

しばらく歩いていると、立花くんが入院している病院にたどりついた。
足を止めただけで、立ち寄りはしなかった。
ここに仁成はいない。
このまま歩いて小田原まで行こうか。
そんなことを思いながら歩いていると、対向車線の歩道を走る仁成の姿が見えた。
大声で名前を呼ぶ。

「ひーとーなーりー。ひーとーなーりー。ひーとーなーりー」
三回呼んでも止まらない。もう一度叫ぼうとしたら、信号が赤になって仁成が立ち止まりこちらを振り向いた。
私は横断歩道を渡って仁成の元へ駆けた。



「ポッキー食ってどこ行くんだよ」
「なんとなく、歩きたくて。小田原まで歩いちゃおうかなって」
「どんだけ歩く気だよ」
「どんだけ走る気だよ」
「さあな」



ポッキーを差し出すと、仁成は二本つまんで口の中に運んだ。
ポッキーのチョコレートは、仁成を癒してくれるだろうか。
どうだろう、私の心を埋めてくれるだろうか。



「甘い」
「あたりまえでしょ。チョコレートなんだから」
「久しぶりに甘いもの食ったから、うまいな」
「でしょ?甘いもの食べて、心も体もリラックスしようよ」
「そう、だな」



ほんの少しだけ、仁成の表情が緩んだ。
それはポッキーのおかげなのだけれど、本当は私が側にいるおかげだと思いたかった。
寄り添いたかった。
仁成が苦しんでいるから、側で助けてあげたかった。
けれど、何もできないのはわかっていた。
寄り添ったら、私の心が楽になれると思った。
結局、自分のことがいちばん大事なんだ。

私がポッキーになれば、仁成も、立花くんも、菫も美加も、みんな食べて少し幸せになれるよね。
信号が青に変わり、仁成はまた走り出そうとする。
私は彼の腕を引いた。
目を丸くして驚く仁成。

私はおもいきって仁成に抱きついた。
そうすることしかできなかった。
国道を走る車のことなんて気にしない。
人通りのない道だから、歩行者のことなんて気にしない。

仁成のことを思うと切なくなるから、抱きしめて欲しかった。
けれど、仁成が抱きしめてくれるわけがない。
仁成のほうが、抱きしめて欲しいと思っているはずだから。



、ちょっと、おい!」
「私はいつも自分勝手で」
「これは勝手すぎるだろ。離せ」
「イヤ。離したくない」
「公共の場で何やってんだ」
「嫌だ。仁成のことを思うと切なくてどうしようもなくなるの」



仁成のことを困らせているのは百も承知だ。
溜息が頭上から降ってきた。
私は仁成を解放する。
ところが、すぐに仁成の腕の中に閉じ込められた。



「ひ、仁成?」
「ありがとう」
「え?」
「辛いけど、前に進むことしかできなくて、ずっと走ってた。心配かけて、ごめん」
「あ、いや、私は何もしてないし」
「ポッキー、ありがとな。今度はトッポ買ってきて」



無邪気な子供のように笑って、仁成はまた走り出した。
私はその背中を見送りながら歩く。
小田原に行くのはやめだ。
このまま国府津駅から電車に乗って家に帰ろう。
トッポを買って、いつでも仁成に寄り添えるようにしよう。

あなたの哀しみは、私の哀しみ。
だから、一緒に哀しんで、前に進もう。







リンドウ:あなたの哀しみに寄り添う

From 恋したくなるお題 (配布) 花言葉のお題1


**************************************************

ポッキー&プリッツの日に書きました。
私はトッポとフランが好きなんですがw
私のは、他人の幸せは私の幸せ派なので、
他人の哀しみ・悲しみも一緒に哀しめる人間になりたいです。

inserted by FC2 system