[ 傘一つ、心二つ ]
空が灰色がかってきた。
六時間目の憂鬱な授業中に眺めた空は、どんよりと重苦しくのしかかってくる。
明日は模試なのに、勉強は全然していない。今は、部活が最優先だから。
そうも言ってられなくなるのだろうなと思いつつ、教科書に広がる一面の英文字の海に目を移した。
まだ、二年生だからいいか。
授業が終わる合図のチャイムが鳴ると同時に、右手からシャープペンシルが離脱した。
掃除当番でないことを確認して、俺は学校を後にした。
今日は部活がないから、家に帰ったら少し勉強しよう。
さーっと音をたてて雨が降り出した。
置き傘があったからよかったものの、今日雨が降るなんて聞いていないぞ。
傘を持たない生徒が数人、俺の横を駆け抜けて行った。
その中に、見慣れた姿を見つけて、俺は後を追った。
「!」
「柊くん!」
「傘持ってないのか?」
「雨降るなんて聞いてないよー」
俺が傘を差し出すと、は俺の隣に並んだ。
俗に言う相合傘というやつだ。
少しだけ、の歩く速さがいつもと違った。
急いでいるようだ。
「用事でもあるのか?」
「ううん、ドラマの再放送始まっちゃうなと思っただけ」
「録画すればいいじゃん」
「いつも間に合うから録画しないの。……でも、柊くんと一緒にいられるなら、ドラマなんてどうでもいいや」
の笑顔が弾けた。
キスしたり抱きしめたりすると体を硬直させるくせに、こういうときはあっさり言ってくれる。
そんな天然なところが好きだったりする。
隣からふわっと香るいい匂いに、意識が集中する。
「なんか、いい匂いがする」
「えっ」
「からいい匂いがする」
「はずかしいからやめてよ!」
体や髪に触れてるわけでもないのに恥ずかしがるところが、かわいらしい。
わざと肩がぶつかる程度に近づいたら、は顔を赤らめて俯いた。
前から歩いてくる人は誰もいない。
傘で周りの世界を遮断する。
キスしようとして顔をに近づけたら、聞き覚えのある声が後ろから浴びせかけられた。
「ふじゅんいせいこーゆー!」
「東本、か」
「なんでそんなにあっさりしてんだよ!こっちは大声で叫んでるってのに」
「お前のこと構ってるヒマはないんだよ」
「けっ、がいるとこれだもんな」
「そっちだって堀井がいるじゃねーか」
東本と話していると、キスしたい意欲が消えていった。
その方がよかったのかもしれない。
したらしたで、はきっと話さなくなるから。
「帰ろー帰ろー。カラスが鳴くから帰ろー」
「雨降ってるから、鳴かねーだろ」
「そっか、そうだね」
は笑って傘を持つ俺の手に、自分の小さな手を重ねた。
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梅雨の季節に書きたくなる相合傘のお話。