[ 小田原城址物語 ]





お城マニアではないけれど、小田原城を見ていると落ち着くから休みの日は一人でよく来る。
友達と遊んだりするのも悪くないけれど、中間試験前だからみんな勉強している。
私は勉強を終えたから、小田原城址公園で小田原城を眺めながら、野外読書を楽しんでいる。

意外と若い人が多い。
私の方が若いけれど、二十歳前後と思われるグループが遊んでいたりするものだ。

本を閉じて人々を眺めていると、私の瞳に二人の男性が飛び込んできた。
色素の薄い彼は柊くん。一緒にいるのは、背の高い人。柊くんのお兄さんかしら。
目がそちらに釘付けになる。
大好きな彼がそこにいるのに、見ないわけがない。

何を話しているのだろう。
気になる。
本を開いて口元を隠し、私は彼らを目で追う。
彼らは自動販売機のほうへ歩いていった。
お兄さんが柊くんに飲み物を買ってあげている。

しばらく飲み物を飲みながら二人は会話していたようだ。
お兄さんは、公園の外へと向かっていった。
柊くんは、片手にドリンクの入ったミニサイズのペットボトルを持ったまま、ふらふらと公園内を歩いている。
目で追っていた。
追っている彼がどんどんこちらへ近づいてくる。
まっすぐに歩く彼。
こちらには私しかいない。
バレたか。盗み見していることに怒ったか。
冷や汗が滝のように流れる。
私の目の前までくると、柊くんは立ち止まった。
通り過ぎていくことを期待したけれど、私の後ろは柵を飛び越えたら数メートルダイブすることになるからありえない。



「よう、
「あ、ども、こんにちは」
「こんなところで読書とか、珍しいな」
「小田原城が好きなもんで」
って俺のこと、キライ?」
「え?」
「話し方が、不自然な気がするんだけど」



ビビっているのがバレバレだ。
「隣、いい?」と尋ねるから、私はこくこくと頷いた。
正面で向き合うより、隣の方が話しやすい。



「飲む?」
「え、あ、う、うん」



柊くんは飲みかけのピンクグレープフルーツジュースを私にくれた。
間接キス!
いやいや、そんなの普通だ。
友達と回し飲みなんてよくやることじゃない。

でも、好きな人が一度口を付けた飲み物は特別だ。

それにしても、柊くんにジュースって似合わなさすぎる。
笑いをぐっと堪えて話しかけた。



「ブラックのコーヒーとか飲んでるのかと思った」
「それは兄貴な。グレープフルーツジュースって無性に飲みたくならねえ?」
「なる!高いから敬遠しちゃうんだけど、本当は一番飲みたくてしょうがないの」
「だよなー。初めて同意してもらったよ」
「男子は炭酸飲料が好きだもんね」



意外と自然に話せている自分がいて驚いた。
強烈に意識している。心臓はバクバクいっている。
それにも関わらず、ぎこちない話し方でなくなったのは、きっと柊くんが私のことをうまくコントロールしているからだ。



「お兄さんと何話していたの?」
「んー、たいしたことじゃないけど。母さんが勝手に家来て掃除したりするから止めてくれって」
「心配なんだよ、息子のことが」
「年頃の息子の部屋、漁って欲しくないんだけど」
「そりゃそうだよね。何が出てくるかわからないもんね」
「ま、別に面白いモンなんて、なんにもないけどな。女連れ込んでるわけじゃねーし」
「彼女いないの?」
「いない。そんなヒマねーし。ほしいかほしくないかって訊かれたらそりゃほしいけど」
「そうなんだ!」



ぜひ立候補したい。
柊くんの方を見たら、目がばちっと合ってドキドキした。すぐに、逸らしてしまったけれど。



「なあ、
「何?」
「よくここに来る?」
「うん。週末はたいてい来てるよ」
「また、来て話とかしてもいい?」
「え?」
と話すの、なんか楽しいから」
「よ、喜んで!」



私と話すのが楽しいって!
嬉しくて心臓が口から飛び出そうだ。
「またな」と言って去っていく柊くんの姿を見送った。
姿が見えなくなる直前、柊くんはこちらを向いて手を大きく振ってくれた。









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小田原城に行ったら書きたくなりました。
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