[ 溜 息 注 意 報 ]





席替えをしたら隣の席になった。
ただそれだけで、話す機会が何倍にも増えて、仲良くなった。
好きだから、もっと近づきたい。
けれど、嫌われるのは嫌だ。
嫌われないように毎日毎日努力している。
いつからか、好かれる努力ではなくて、嫌われない努力をしている。

努力したところで、柊くんの後ろに座る高嶺の花、もとい高値の花の彼女には勝てないよ。
顔も、声も、行動もかわいらしくて、男心をくすぐるに決まっているじゃない。
私みたいな石ころは、どうあがいても勝てないよ。

「どうした?」と声を掛けられて、私は我に返る。
頬杖をつき、ぼんやりしていたようだ。
柊くんがこちらを見ている。



「珍しいな、がぼんやりするなんて」
「そうかな?常にぼんやりしているよ」
「心ここにあらず?」
「うーん、よくわからない」



あいまいな返事をしたら、苦笑いが返ってきた。
驚いたことに、柊くんは体を私の方へ向けて座ったのだ。
後ろにはかわいい子が一人で座っているというのに、私と話をしようというのか。
視線が痛い。彼女の視線が痛い。
彼女は柊くんのことが好きだと公言していたから、彼女は私に嫉妬している。



「俺でよければ、話はいつでも聞くし」
「うん、ありがと。でも、大丈夫だよ」
「本当に大丈夫ならいいけどさ」



痛い、痛い。視線が痛い。
苦笑するしかない。
お願い。早く授業よ、始まれ!

祈りが通じたのか、次の授業の先生が早々に教室へやってきたので、私は前を向いてチャイムが鳴るのを待った。
運よく、先生が私に話しかけてきたので、先生と会話をしていたら時間は過ぎた。

柊くんに好かれたい。後ろの彼女に嫌われたくない。
いろんな感情がぐちゃぐちゃに混ざって、汚い色になっている。
溜め息に色がついているなら、きっと私の周りは汚い色で染まっている。
そんな私を、柊くんが好いてくれるわけないよ。

授業が終わると、教室にいたくなくて逃げた。
当てもなく、校舎の中をさまよった。
10分間歩き回ると、気分が少しよくなった。
教室に戻ると、柊くんが後ろの彼女と談笑している。
切なくなる。けれど、それでいい。それがいいの。



放課後、掃除当番だった私は教室の掃除をし、溜まったごみをごみ袋にまとめて体育館裏のごみ捨て場に持ってきた。
いつも男子が捨てに行ってくれるのだけれど、みんな部活の大会前で1秒でも早く部活に参加したいらしく、
申し訳なさそうに女子へごみ捨てを頼んできた。
急いでいなかったしごみが軽かったから、私は1人でごみ捨て場にやってきた。
人気のない体育館裏は、絶好の告白ポイントとして知られている。
乾いた空気が、女子の愛の告白を私の耳へと運んでくれた。
聞きたくもないのに、耳がそちらに集中してしまう。



「柊くんは頭いいからわかってるでしょ」
「何が?」
「ポーカーフェイスがうまいよね。私が柊くんのこと好きだって気づいてるでしょ」



柊くんとその後ろの席に座る彼女だった。
愛の告白というよりは、ただの世間話のような会話。
それがうらやましかった。
スムーズに話せるのが、うらやましかった。
仲良くなったとはいえ、私が強烈に意識しているからうまく話せない。



「あぁ、まあ、ね。知ってる。でも…」
「知ってる。柊くんの好きな子は私じゃないって知ってる」
「そっか」



柊くんには好きな人がいるのか。
その事実が心に突き刺さる。
少なくとも、私に痛い視線を送ってくる彼女ではないので安心した。
一体、何に安心しているのかわからないけれど。

ぼんやりと、当てもなく校庭をさまよう。
今日は歩いてばかりだ。
溜め息を吐く。



「今日の、溜め息ばかりついてるな」
「え?」
「俺でよければ、話は聞くけど?」



いつの間にか、柊くんが横に立っていた。
ジャージ姿だから、これから部活なんだろう。
首をかしげる柊くんの仕草がかわいらしくて和んだ。



「なんでもないよ。ちょっと、落ち込んでるだけ」
「なんで落ち込んでるんだ?」
「乙女心は複雑なの」



はぐらかして笑うと、柊くんは肩を竦める。
とても柊くんに相談できる内容ではないもの。
心配してくれるだけで、十分私は嬉しいから。



「複雑な乙女心は理解できないから、諦める。でもさ、溜め息は減らして。俺まで滅入るから」
「あ、ごめん。配慮が足りなかった」
「俺も今滅入っているから」
「どうして?」
「うーん、男心は複雑だからな」
「そっか。じゃあ複雑じゃない話なら、いつでも聞いてあげる」
「おう。俺も、複雑じゃない話なら、いつでも聞くからな」



柊くんは、そのまま走って学校の外へ出て行った。
これからランニングなのだろう。
言わなきゃ伝わらないこの思いを抱えて、私はどこまで走れるだろう。









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続きます。
と言っておいて、私はどこまで行くつもりなのだろう。
こんな話にするつもりだったのか?
(年が明ける前に最初の方を書きだして、3月まで放置していた人)

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