[ 夏 休 み の 終 わ り ]





気がつけば、夏が終わる。
早く夏が来ないかなと思っていたのは、ついこの前のような気がするけれど、そんなことはない。
走っていたら、終わってしまった。
タイムは伸びない。スランプ?
陸上部で短距離走の自称エース。
そんな私に必要なものは、コンマ一秒でも早く走れる力を得ること。
けれど、夏休みの宿題は牛丼大盛りくらいの量を出されるから困ったものだ。
部活が休みの日、私は近所の図書館の学習室へ行った。
同じように宿題をしている人ばかり。

解答集を広げて、解き方を思い出してから数学の問題集を解いていく。
難しいな。小学生レベルの算数ができれば生きていくのに困らないよね。
ふくれっ面で問題集とにらめっこ。
「よぉ!」と声を掛けられてふくれっ面のまま顔を上げた。そこには柊がいた。





「その間抜け面、やめたほうが・・・」

「レディの顔に文句つけんな!」

「そりゃは女だけど、レディなんて上品なもんじゃないだろ。それはいちばんおまえがよく知ってる」

「その通りでございます、柊様」





柊は私の隣の席に座った。
そして、私と同じように化学の問題集とノートを広げる。
解答集は広げないのね。ちゃんと勉強してるのか。
私はダメだな。
陸上部の自称エースでしかないし、タイム伸び悩んでいるし、勉強できないし。
それに対して柊は。
周りからエースと認められているし、どんどん成長しているし、勉強もできるし。
生まれ持った才能ってやつ?
私に少しくれ!

そんな言葉遣いだから、上品から程遠いところに位置してしまうんだな。
改めないと。
やらなくちゃいけないことが多すぎる。
短距離走のタイム伸ばすこと、夏休みの宿題、上品になること、テレビゲーム、マンガや小説読む、買い物、お菓子作りと料理・・・
一日は二十四時間しかないから、どれかを切り捨てなくちゃいけない。
だとしたら、タイムを伸ばすことはマストでやらなくちゃならないこと。
次は・・・宿題?
今日は部活が休み。だから、マストなことは宿題。

隣で柊はしっかり宿題を進めている。
どうやったら、そんなふうにできるのだろう。
宿題を、部活を、私生活を。





「ん?俺に用?」

「バスケットも勉強もできるしモテるし、柊はカンペキだなって思ったの。私にもその才能をちょっとくれ!
 ・・・じゃなかった。ちょうだい!」

「完璧なんかじゃねーよ。っつーか、好きでもない奴に好かれてもどうしようもないし」

「そりゃそうだ。私だって好きな人に好かれたいもん。でもなー、好きな人いないし、宿題あるから恋する余裕もないっ」

「同感。余裕がない。今の生活でいっぱいいっぱい」





同士がいてよかった。
ほっとして、微笑んでいたらしい。
「そういう顔しとけばいいんだよ」と小さな呟きが聞こえた。
顔を隣へ向ければ、柊はノートに化学式を書き連ねていた。






「先にギブアップして休憩したほうの負けで、ジュースおごることな」

「はぁ?柊、何言ってんの?」

「負けるのが怖い?そんなわけないよな」





負けず嫌いの私が、勝負を断るわけがない。
眉間に盛大な皺を寄せて柊をにらみつけ、私は初めから負けるとわかっているような勝負に挑んだ。
窓の向こうには、青空が広がっている。
日陰のベンチに二人で並んで座って、自動販売機で買ったコーラを飲んでいる姿が想像できて笑った。
絶対、柊に金を出させてやる!
死んでも出すか!
死んだら出せないだろ!
ちょっとバカなことも思いつつ、私は数学の問題集とのにらめっこを再開した。









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8月に書いていたもの。
高校生は8月いっぱいが夏休みですからね。
ただの友情もの。恋に発展しないと思う。

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