[ 箱 一 杯 の 気 持 ち ]





マネージャーの通称アンは、まるでロボットのように無表情で機械的に俺の前に小さな紙袋を差し出す。
「柊くんに渡してって頼まれたから」と言うのだ。
珍しいこともあるもんだ。
バレンタインデーの差し入れは全て断ることにしたと宣言したのは、アンだというのに。
その宣言を破るというからには、依頼主に買収されたのだろうか。
しぶしぶ受け取って、部室のロッカーにつっこんだ。
部活の間、そんなものをもらったことも忘れて集中していた。

部活が終わり、ロッカーを開けば紙袋が滑り落ちた。
タオルで流れる汗をぬぐう。
東本が滑り落ちた紙袋の中を覗きこむ。
そして叫び出すから手に負えなくなる。





「うらやましいな、バレンタインだぜ?誰だよ、バレンタインの差し入れお断りって決めた奴は」

「マネージャーに文句言えよ。っつーか、おまえ堀井がいるだろ」

「それとこれとは別!たくさんもらうのが男のロマンってやつだろ。
 おまえにはわかんねーか、そーか、そーだよな。柊様にはわかんねーよ」

「なんだよ、それ」





そんなやりとりをしている間に、東本は紙袋の中に入っていたメッセージカードを見つけて手にしていた。
「柊くんへ愛を込めて。ハートマークまでついてやらぁ」
ちらとそのカードを見た。
一目でわかる。さんの字。
さん、三年生で山崎さんとも仲がよい人。だから、アンとも仲がよいのだ。
直接、俺に渡さないのは意図していることがあるからなのか。
三年生は受験があるからこの時期は休みで登校することもないし、面倒だからアンに渡したとか。
面倒って・・・それ、恋人に対してすることか?

それにしても、異様に軽いこの紙袋。
中には丁寧に包装された小さな箱が入っている。
箱の中には何が入っているんだ?
軽く振っても音がしない。
空っぽ?
気になって包装を解く。
さすがの東本も、振っても音がしない箱が気になるらしい。

箱を開けたら、予想通り空だった。
何もない、あぁ、空気くらいは詰まっているけれど。
何がしたいのだろう、さんは。
東本に肩をポンと叩かれ、「ドンマイ」と言われた。
俺の顔は、少し引きつっていたと思う。

空の箱のことを思いながら、一人で夜道を歩いた。
なぜ、何も入っていないのか。
なぜ、何も入れずに包装したのか。
なぜ、それを俺に、しかも間接的に渡そうとしたのか。
疑問に思うことばかりだ。
そもそもお金の無駄遣いだ。
そんなこと、しない人なのに。
去年のバレンタインデーには、安上がりだと言って手作りのクッキーをくれた。
「気持ちはしっかりこめたからね」と笑顔で言っていた。

・・・気持ち。
もしかして、あの箱の中には気持ちがこめられていた?
さんがやりそうなことだ。
きっと、受験勉強で手作りお菓子にまで手がまわらないから、せめて気持ちだけも贈りたい。
そう思って、固体の入っていないプレゼントを用意して、会う時間もないから知り合いに渡すことを依頼した。
それなら、何も贈らなくてもいいのに。メールでも電話でも、一言くれればそれでいいのに。
いや、一言なんてなくてもいいのに。
そこにさんがいるだけでいいのにな。
言わなきゃ伝わらないか。

少し、回り道して帰ろうか。
回れ右をして、来た道を戻る。
横道に入って、しばらくすればさんの家がある。
行ったところで会えるかどうかもわからないけれど、行きたかった。
せめて、俺の気持ちだけでも置いていきたかった。

さんの家、さんの部屋。
灯りがともっている。
けれど、勉強中だろうな。だから、カーテンの隙間からこぼれる光を眺めて帰ろうとした。
ポケットに入れた携帯電話が震える。
急いで手に取れば、メール受信の表示。
相手はさん。
ただ一言、『ハッピーバレンタイン』とだけ書かれたメール。

無色無臭の気体なんてものは、存在が俺に理解できるものじゃないんだ。
でも、こうして字にして俺の目に飛び込んでくれば、少し理解できるような気がする。
それで満足してしまった。





 ハッピーバレンタイン。
 箱一杯の気持ちをありが
 とう。俺からのプレゼン
 トは家の外に置いてます





そんなメールを送れば、さんの部屋の窓から光がたくさんこぼれてきた。
カーテンを開いて窓を開け、さんがこちらを見ている。





「気持ちじゃなくて本人がいるじゃん!」

「俺がここにいるってことですよ」

「寒いから、家にあがっていきなよ」





さんのお誘いは嬉しかったけれど、受験勉強の邪魔はしたくないから首を振って断った。
残念そうな表情を見せるさんだけれど、ニコリと微笑んでくれた。
そして、窓からこちらに向けて何かを放り投げる。
なんとか受け取ったそれは、ピンク色のアルミにつつまれた小さなチョコレート。
お母さんからさんへの差し入れなんだろうな。
チョコレートを口に含んで、さんの家から遠ざかる。
立ち止まって振り返れば、寒いのにさんは窓を開けたまま、俺を見送っている。
手を挙げて合図を送り、そのまま振り返らずに真っ直ぐ歩いた。

ホワイトデーには、箱一杯の気持ちと、何を贈ろうか。









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仁成さんで年上ヒロイン書いたことないので。
気持ちを空の箱につめて贈って相手の反応見てみたいなぁ。笑
仁成さんみたいに、紳士的な対応してくれる人っているかな、いないか。

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