[ ミ ル キ ー は カ レ の 味 ]





あと一歩踏み出せたら。
きっと届くんだ。
柊くんの心に。
触れてみたい、彼の心に。

「なぁ、?」
休み時間、隣の席の柊くんが私に声を掛ける。
窓の外を眺めていた私は、目を丸くして柊くんを見る。
「thereforeって何?」
辞書を忘れた柊くんは、私を電子辞書にする。
お望み通り答えてあげよう、thereforeは「それゆえ、従って」だ。
「ありがとう」
決まり文句の感謝の言葉も、柊くんが私に発してくれればそれは魔法がかかったようにキラキラして聞こえる。
私は満面の笑みを浮かべる。
幸せすぎて、弾けそうだ。
好きな人と、話せるだけで幸せ。
私を幸せにするなんて、簡単なことだ。

友達は英語の予習をしていて、私は手持ち無沙汰。
だから、隣の席の柊くんをずっと見ていた。
わからない単語が出てくれば、私が答える。
絶対にノートを借りて写そうとしない、その姿勢がすごく好きだ。
柊くんの家庭教師になったらこんな気分なんだろうなぁ、と思った。
私が大学生だったら、柊くんの家庭教師になって一生懸命教えたのに。
妄想大暴走。
でも、柊くんは家庭教師つけてないから、私が大学生だったとしても教えることはできなかっただろうな。

「何?」
柊くんを眺めていたら、柊くんが突然私の方を向くのだ。
驚いて慌てる。
「え、あ、・・・と、柊くん見てたの」
語尾に「エヘ」って付けたくなるような調子です。
「ふーん、見ててもいいけど、あんまり見られると緊張する」
見てもいい!!見てもいいと許可がおりました。
最後の言葉は理解できないけれど。
「緊張する」のはどうして?

理由は尋ねられなかった。
授業が始まる合図、チャイムが鳴る。
異国の言葉が教室の中を飛び交う。
所詮、私は予習したことしかわかっていない、ダメ人間。
応用がきかない。
それは人間活動でも同じこと。
応用がきかない。
頭の回転が遅い。

チラチラと柊くんを見る。
まっすぐ黒板を見つめるその瞳で射抜かれたら、私は壊れてしまうだろう。
頭を左右に振る。
今は授業中。授業に集中するんだ。
柊くんのことを想っている場合じゃない。
けれど、好きな人のことを忘れるなんてできない。
わけのわからない英文が頭の中を流れていた。


「今日の、おかしくねぇ?」
「え?私がおかしいって?どうおかしいの?」
「心ここにあらず、みたいな」
「あーうん、心ここにあらず。ふらふらさまよってる・・・かな」
「大丈夫か?」


柊くんに心配された。
それは柊くんに心配かけさせたということだ。
やっぱりダメ人間だ、私は。
「ごめんね」と謝れば、柊くんは首をかしげた。
窓の外を眺める。
柊くんのことは大好きだ。
けれど、あと一歩のところで踏み込めないでいる。
それ以上に、あと一歩のところで私の中へ踏み込めないようにしているのかもしれない。
ため息をついた。
気分が暗くなる。

コト、と小さな音が鳴った。
私の机の上に置かれたものは、ミルキー。
机から離れていく手は、柊くんのもの。
「元気だせよ」と言って、柊くんは教室の外へ出て行った。
私に元気を出して欲しくて、ミルキーをくれたんだ。
ミルキーを口に運んだ。
甘い味。とけてしまいそうだ。

ミルキーはママの味。

ミルキーはカレの味。

教室に戻ってきて隣の席に座る柊くん。
私は「ありがとう」とスペシャルスマイル付きで言った。
そのときの驚いた柊くんの表情が忘れられない。
スペシャルスマイルは急所を突いたようだ。
KOかな?
柊くんの顔が少し赤く染まっていたから。









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ミルキー大好きです。
やたらthereforeは英語の論文にでてきます。
英語のことを「異国の言葉」と呼ぶ研究室の仲間達。
笑顔はキラースマイル。

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