[ ア イ サ イ ト ]





だんだん視力が悪くなってるなと感じる。
見えるはずのものが見えなくなってきた。
目を凝らさないと、よく見えない。

「おっはよ」
の明るく澄んだ声が聞こえた。
目の前には真っ白な毛糸のマフラーと手袋をしたが立っている。
向こうからが歩いてきたことにも気づかなかった。
遠方を歩く人間の顔は、よく見えない。

朝の登校時間にと会うのは久しぶりだ。
交差点の信号が青に変わるのを待つ。
隣にいるは何を想うのだろう。
真っ直ぐ見つめた赤信号の色は鮮明なのに、すぐそばにいるのことは鮮明に映らなくなった。
何が変わった?俺が変わった?
本当に落ちたのは視力だけ?


「昨日さぁ、真冬の国府津の海で花火をするという暴挙に及んだわけですよ」
「別に暴挙じゃねぇだろ・・・」
「まぁまぁ、黙って聞いてくださいよっ、仁成サン」
「はぁ・・・」


は昨日の出来事を話す。
俺はそれを黙って聞く。
笑ったり真面目な顔になったり、表情豊かなを見ていると飽きない。
自然と固まっていた心がゆるんだようだ。
少しだけ、笑えた。
多分、に会う時間がなくて、のことがよく思い出せなかっただけ。
何も変わっていない。俺も変わっていない。
視力は少し落ちただろう。
けれど、それ以外に落としたものはないよ。
への気持ちは、落としていない。

のことを好きになったときのことなんて、昔すぎて思い出せない。
けれど、変わらず「好き」という気持ちがあるからこうして付き合っている。
目に見えるものがすべてなんかじゃない。
目に見えなくても、大切なものはいくらだってあるのだから。
何より大切なことは、がここにいるということ。

の話を聞いて、真冬の海岸での花火を想像してみる。
うまく想像はできないけれど、不思議な景色だということくらい俺にもわかる。
楽しいことは楽しそうに話す。悲しいことは心を痛めながら話す。
俺にはない表情をたくさん見せる
そんなが俺の手に握らせたのは、線香花火の束。


「で、昨日余ったからさ、今度やろうね。国府津の海で、真冬の線香花火大会っ!」
「寒いのにか?」
「うん、寒いからこそいいじゃん!趣があってね」
「どうかなぁ・・・」


と一緒に、真冬の海で儚い線香花火の命を見届けるのもいいかもしれない。
その頃には、少しでも視力が回復すればいいのにな。









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視力が落ちているのは私です・・・。


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