[ 赤 信 号 ]





少しでいいから近づきたいのに、全然近づけない。
手を伸ばしたら届きそうなくらい近い距離なのに、本当はずっとずっと遠い距離なんだとわかったときのむなしさ。
思わず笑ってしまった。
私の笑い声に気づいて、前を歩く仁成が振り返る。
人通りのない交差点。
赤信号の光が目に飛び込んできた。
車のエンジン音が、よく聞こえる。


?・・・何かおもしろいのか?」
「ううん、独り言」
「そう?」


相変わらず、仁成は私のことに興味がないような素振りを見せる。
長い付き合いだけれど、さすがに私への愛はないのかと疑ってしまう。
けれど、こればかりはどうしようもない。
私が一生懸命頑張ったところで、仁成にその気がないのなら愛なんて生まれない。
一方通行の愛なんて、今の私には興味がない。
きっと、私は横断歩道のこちら側で立ち止まっていて、仁成は向こう側を歩いているのだ。
ねぇ、信号はいつ青に変わるの?
青に変わっても、仁成に追いつけるの?
わからないよ。わからない。
だって、目の前の仁成は、横断歩道のこちら側にいるのだから。

現実の距離と心の距離が違うんだ。

「ひとなりー」弱弱しい私の声が夜の交差点に消えていった。
赤い光が消えて、青い光が飛び込んでくる。
仁成の伸ばす手は、私の手を優しく包んだ。
「行こう」という、仁成の声。
何を考えているのかさっぱりわからない。
物理的なキョリはゼロなのに、どうしてこんなに心のキョリは遠いのだろう。

優しくしたい。
優しくされたい。
笑いたい。
笑ってほしい。
名前を呼びたい。
名前を呼んでほしい。

けれど、全部うまくいかない。
私が悪いのかな?
考えすぎってやつ。
考えすぎは、悪循環を生むだけ。
もう、今日は忘れよう。
仁成と手を繋いで、おうちに帰ろう。


「今日のさ、重々しい空気をまとってるな」
「へ?」
「いつもはもっと明るいだろ?なんか、一緒にいると飲み込まれそうになる」
「・・・そうかも。なんだか、よくわかんにゃーい」
「ハハハ、何それ」


暗闇の中で、少しだけ仁成の笑顔が見えた。
私も一緒に笑ってみる。
少しだけ心が軽くなった。
仁成が尊敬できる素敵な人だってことに変わりはない。
あとは、私がそれをどう受け止めるかってこと。
追いつこうとして追いつけないのは能力の限界だから仕方がない。
それを乗り越えて、私は私の道を走っていけるかが大切なんだ。
走れるかな?走ってみよう。
止まってたらダメ。

振り返れば赤信号。
前にも赤信号。
でも、時間が経てば青に変わるから、前に進めるんだ。


「あ、たこ焼き屋さん!」
はそういうのにだけは反応早いんだよなぁ」
「放っておいてよ!!たこ焼き食べよ。寒いしお腹空いたよー」
「いい笑顔だな」


色気より食い気。
うまく笑えた。たこ焼き屋さんのおかげじゃないよ。
仁成のおかげ。あと、少しだけ、たこ焼き屋さんと、私の努力。









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最近、学校帰りは夜に原付ユーザーとなるので、信号の光がとても鮮明です。
遅い時間に、駅前のたこ焼き屋台。
そこから生まれた小話。


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