[ ず っ と ず っ と ]





見慣れた後姿を見つけて、私は走り出した。
天気は晴れ。風はほとんど吹いていない。
初めはお互い「変な格好ー」と笑いあっていた制服も、今では不相応とは言われなくなった。
中学3年生。高校受験まであと少し。





「仁成ー!おは!」

「あぁ、か。おはよう」





朝のあいさつを交わし、私は仁成の隣を歩く。
仁成は受験のことを一言も話さない。いつもはぐらかす。
だから、どこの高校を受けるのかさっぱりわからない。
けれど、葉山崎高校を受けないだろうなとは感じていた。
お父さんがバスケ部の監督さんで、お兄さんがOBで、
いつも仁成個人としてではなくジュニアだとか弟だという別のラベルを貼り付けられている。
きっと、高校に入ってもそんなふうに思われたくないはずだ。
だから、小学校、中学校と同じところに通っていて、家も近所で幼馴染という関係も、終わってしまうんじゃないかと。
だって、私は葉山崎高校を受けるから。きっと離れ離れだ。
少し、淋しいな。小さい頃からずっと一緒だから、ずっと好きだから。





もうすぐ入試の日。私は数学の公式集を広げながら帰宅中。
仁成の家の前を通りかかると、仁成のお母さんが浮かない顔をしてほうきを持っていた。
「こんにちは」と声を掛けると「あらちゃん、こんにちは」を返事をしてくれた。
けれど、いつもの元気な声も表情もなかった。
何かあったのかな、と思ったけれど大人の人に尋ねるのも失礼かと思ってあいさつだけして通り過ぎようとした。
すると、仁成のお母さんがため息混じりに話し始めた。





「仁成、葉山崎に行かないことにしたらしいの。
 主人にはまだ言ってないから、これからどうなることかと思うと心配でね」

「そうなんですか・・・」

ちゃんには何か話していない?」

「私には進路のこと、何にも話してくれないんです。多分、ひとりで抱え込んでるんだと思う」





そうだ、いつもそうなんだ。
ひとりで抱え込んで誰にも吐き出さない。
誘導しても、なかなか話してくれない。
仁成はそういう奴だ。そんなこと、昔からわかってる。
何かしてあげなくちゃな、と思うけれど、何にもできないんだ。
そもそも、仁成に何かしてあげられることがないか考えている場合じゃない。
私の受験だって終わっていないんだ。
優先順位をつければ自分がいちばんになる。けれど仁成のことは自分のこと以上に大切なんだ。
だから、どうしたらいいかわからない。
てんびんが釣り合うことなく揺れている。

「ただいまー」と重い空気を身にまとったまま家の玄関をくぐる。
我が家では見慣れない、けれど見慣れた靴が玄関にそろえてあり、私はあわてて靴を脱いでリビングに駆け込んだ。
「おかえり」と、いつもの表情で仁成が言ってくれた。
仁成は、リビングのソファにくつろいでいた。





「な、何してんの?」

「夕飯、ごちそうしてくれるって」

「あ、そうなの?」





私は拍子抜けした声を出してしまい、手で口元を覆う。
仁成は鼻で私のことを笑い、ローテーブルの上の新聞を取り上げ読み始めた。
私のことを頼りにしてここに来たんじゃないかとか、私に会いに来たんじゃないかとか、
そういう考えがあったから、期待はずれな答えに拍子抜けした。
それと同時に、なんという無謀な考えだろうと自分を嘲ることになった。

仁成が、私を幼馴染以上に想って頼るとは思えないから。

「どうかした?」と仁成に尋ねられ、妙な顔をしていたことを自覚する。
首を左右に振り、「なんでもないよ」と否定して、私は仁成の隣に腰掛けた。
新聞の文字に目を走らせ、今日起こった出来事を再確認する。
夕飯が出来上がる頃には、私達の談笑する声がリビングに広がっていた。





夕飯を食べ終えた。
私が洗面所で歯を磨いていると、仁成がひょいと顔を出した。
、俺もう、帰るな」と言うと、仁成は振り返って玄関に向かった。
私は大慌てで口をゆすいでリップクリームをぬる。
玄関には仁成の姿はもうなくて、私はサンダルを足にひっかけて外へ飛び出した。
仁成がちょうど門扉を閉じているところだった。
仁成は私と目を合わせると、少し切なそうな、そんな表情でそっと呟いた。





「受験、終わったら離れ離れだな」

「え、あ、うん。そうだね」

「お互い、頑張ろーな。も頑張れよ、葉山崎」





「うん」と笑顔で言えた。
受験が終わって高校が違って離れ離れになっても、私達が幼馴染だって事は変わらない。
それに、私が仁成のこと、好きだって気持ちもきっと変わらない。

ずっとずっと一緒だよ。

仁成の後姿が見えなくなるまで、私は門扉に手をかけて見送った。
心配したって仕方がない。
仁成は自分で解決して、前へ進んでいくんだ。
私も、前へ前へ進んで、いつか気持ちを告白して、一緒に歩けたらいいな。
そう思った。

満月が、夜空に輝いていた。
星が、流れて地平線に消えていった。









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アンケートより「幼馴染で互いの家に気軽に行ったり来たり」…っておい!
全然行ったり来たりしてへんやん!と怒られそうですが…スミマセン。
続編で仁成さん家に行くつもりなので…あ、続編書かな。
何かの媒体で六角橋は周辺に神奈川大学と横浜アリーナがあると知ったので、
仁成さん家が横浜方面だと幼馴染は横浜方面に住んでて、あれ、高校生の仁成さん小田原でひとり暮らしだよね?
すると、仁成さんが家を出る前じゃないと幼馴染は無理、みたいな。
ネットで地図調べればよかった…。地図帳じゃ限界(笑
関東のことはわかりません、関西人なので。

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