[ き ら り き ら り ]





気が付くと、何か話し声が聞こえた。
ここがどこだかわかっていなくて、何の話だろうと耳をそばだてていた。
話し声じゃなかった。わーわーと歓声が聞こえた。誰かがハイテンションで実況している。
何かの試合?
身体を起こした。ガサっと音をたてて毛布が床に落ちた。
それで眠っていたとわかる。
いいにおいがするなと思えば、目の前にあるテーブルの上にご飯が並べられていて、それを仁成が食べていた。
私が作ったご飯。仁成が眠っている間に作って、仁成が目覚めるまで待っている間に眠ってしまったのだ。
ここは、仁成の家、か。
仁成が晩ご飯を食べながら、バスケットの試合のビデオを見ているのだ。

まだうつろな目のまま、「おはよう」と仁成に声をかけた。
仁成は「夜だけどな」と言う。間をあけてから、「うまいよ、これ」とおいしそうに私が作ったご飯を食べていた。
「ん、ありがと」と軽く返事をして、私は毛布を身体に巻きつけた。
黙って、仁成が食べている姿を見ていた。
横顔が綺麗。
まつげが動くのをじっと見たり、長い指が器用に箸を動かすのを見たり。
仁成は、私の行動に気づいていなかったから、かなり長い間、そうしていた。

仁成が私に気づいたのは晩ご飯を食べ終えたときだった。
目がばっちりあった。
私の身体はビクっと反射する。
首をぎこちなくかしげながら笑顔を作る。
仁成は鼻で笑って「なんか、変」と言い、食器を流しに持っていった。
「私、洗うよ」と声をかけたけれど、仁成は「作ってもらって何もしないのも悪いから」と珍しく流しで食器を洗い始めた。
私は毛布にくるまったまま、テレビ画面を見ていた。












目覚めてベッドから身体を起こした。
うつろな目で時計を探す。今は何時だ?
テーブルの上を見ても時計は見当たらず、おかずの入った食器が並べられていた。
テーブルの向こうで、が倒れていた。
慌てて駆け寄ったけれど、スースー寝息を立てて幸せそうに眠っていた。
焦った自分がいて、思わず笑ってしまう。
野菜炒めを少しつまむ。冷めていたからレンジで温めなおした。
も疲れているだろう。それでも俺の為に晩ご飯を作ってくれたのだ。
気を遣わせてばかりで、申し訳ないなと思う。
が起きる気配を見せない。
ベッドから毛布をはがしてにかけてやった。

が頻繁にここを訪れるのは、家で休めないから。
家で休めない理由は知ってる。
ここにいても元気がない。元気なのは学校にいるときくらいだ。
の心配事から守ってやることもできないし、を支えることもできないし。
俺にできることは、何にもないんだと痛感する。
何かしてやりたいのに・・・・・・。

ガサっと音をが聞こえ、気づけばが目を覚ましていた。
「おはよう」とうつろな目で言う。夜だけどな、今は。
何か言わなくてはと思い、「うまいよ、これ」と晩ご飯のお礼を言う。
は「ん、ありがと」と軽く返事をし、足元に広がった毛布を身体に巻きつけて黙り込んだ。
俺も話さない。
テレビ画面を見て、を見ないようにしていた。
顔を見たら辛くなるから。












家にいたらお姉ちゃんとお父さんの怒鳴り声しか聞こえない。
何も聞こえない時は、空気が重くて床にめり込んでしまいそう。
だから、家にいたくない。
学校にいると、友達と笑ったりできるから元気になれる。
けれど学校が終われば逃げ場がないから、いつも仁成の家に来る。
本当に安らぐ。
炊事していると、生きている実感が湧くから。

空気が温かい。それだけで、よく眠れる。
たった1時間、しかも床に転がっていただけなのに、ゆっくり眠れた。
疲れがかなりとれた気がする。
このまま仁成の家に泊まろうかと考えるけれど、ちゃんと家に帰らないと叱られる。
毎日毎日、私が怒鳴られているわけじゃないけれど、悲しくなってくる。
頬を冷たいものが伝っていく。
涙がこぼれていた。手の甲でぬぐっても、また流れてくる。
無理に涙を止めようとしておえつがもれた。
慌てて私は顔を毛布に埋める。
仁成は流しで食器を洗っているから聞こえていないと思う。
余計な心配、仁成にかけたくない。迷惑なこと、したくない。

私の思いとは裏腹に、仁成は私が泣いていることに気づいてしまった。
「どうした?大丈夫か?」と優しく声を掛けて、頭をなでてくれる。
私は首を振って、大丈夫だと言う。
「大丈夫なわけないだろ、泣いてるのに」と言って、仁成は私の身体をぎゅっと抱きしめてくれた。
私は仁成にしがみついて、おえつをかみ殺さずに泣いた。
仁成は「泣くな」と言わない。何も言わずに抱きしめてくれた。











横目でをうかがいながら、使ったばかりの食器を洗っていた。
大皿を洗ってラックにたてかけた後、気になってを見た。
頬を涙が伝っていた。俺はぎょっとして、慌てて水道の蛇口をひねって水を止める。
手から水を切って、タオルで拭いてにかけよる。
「どうした?大丈夫か?」なんてありきたりな言葉しか口から出てこない。
ゆっくりと頭をなでてやる。
「だ、いじょうぶ、だから」なんて震える声で言われても、説得力が全くない。
「大丈夫なわけないだろ、泣いてるのに」と言って、の身体をぎゅっと抱きしめた。
すると、が俺にしがみついてきた。
我慢せずに吐き出していた。ずっと泣いていた。
俺には震えるの身体を抱きしめることしか、できなかった。

泣き止んだは「ありがとう」と小さな声で言った。
目は赤くはれていた。
「今日は帰るね」と言って、は立ち上がり、かばんを持って玄関で靴を履く。
送っていこうとして俺も立ち上がる。
けれど、何も言っていないのには送っていくことを断った。
「ひとりで帰れるよ。きっと、仁成と一緒にいたら、家の中に入りたくなくなるから」
ごめんねと言って、ぎこちなく笑う
がいなくなった俺の部屋は、何もなくてからっぽのようだった。
俺の頭の中と同じよう。
何もできなかった、無力さが漂っていた。











なんだか目が少しはれぼったいなと、鏡を見て思った。
けれど、こんなにすがすがしい朝は久しぶりだ。
スキップしながら家の前を制服で進んでいく。
近所のおばさんが「若いっていいわね」と私に声を掛けた。
私は元気よく「おはようございます!」とあいさつした。
若いにきまっている、私は15歳なんだよ。

学校へ着いたらまっすぐ体育館へ向かった。
そっと扉を開くと、男子バスケット部が朝練中。
仁成の姿を探したけれど、扉からかなり遠いので声を掛けづらい。
扉のところでもぞもぞしていると、後ろから「おはよー」と声を掛けられた。
美加と菫だった。美加は私を押しのけて身体を体育館につっこみ、大声で「ひいらぎー、お呼びだよー」と叫ぶ。
部員達はみんな、ぎょっとしてこちらを見ていた。仁成は呆れていた。

最初に、仁成へ伝えたかった。
お姉ちゃんとお父さんが仲直りしたんだよって。
ずっとお姉ちゃんの進路のことでもめていたのに、昨日の夜、お父さんがやっと折れたの。
家に帰ったら、笑顔でお姉ちゃんが迎えてくれて、私はそれを聞いたときにまた泣いてしまって。
とにかく、嬉しくてしかたがない。
お姉ちゃんが、夢に一歩近づいたから。











ただ「よかったな」としか言えなかった、の笑顔が眩しすぎて。
本当に嬉しそうにしていた。
スキップして、校舎に消えていくの姿を見送った。
芳川がぽつりと呟いた。
「お姉さんとお父さんがもめてたから、ずっと元気がなかったんだね、は」
学校では割と元気そうにしていると思っていたけれど、近くにいる人間にはそう映らなかったんだ。
はさ、自分で抱え込んじゃってあんまり私達に話してくれないよねー」と堀井が言う。
この二人と同じクラスなのに、言っていなかったんだな。
じゃあ、俺にだけ、話してくれたのか?
「柊くんには、弱い自分を見せられるってことかな?」と笑顔で芳川が言った。
「そうだねー、クールなふりしてにはすっごく優しいんだよ、きっと。
 だからも弱いところを見せられる」と堀井が言う。

何もしてやれなかったことを、すごく後悔していた。
それ以上に、辛い思いを抱えているに晩ご飯まで作ってもらって、なんてことだ。
頭の中がぐちゃぐちゃで、ぐるぐる回っている。
困った表情をしていたのだろう。
芳川が笑いながら俺に声を掛ける。
「柊くん、思いつめてるみたいだけど。柊くんもも、何もしてあげられないって思ってるんだよ。
 思っているだけで、実際はいろいろ思いやってるんじゃない?」と言う。
それを聞いて堀井が言うには「ある意味、相思相愛じゃん」だと。
そんなものかな。考えすぎだったということか。

結論は出なかったけれど、が元気になってよかった。
ただそれだけ。










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母親と弟がよく口げんかしてて、それを聞いてる私が泣いてたことがよくあったので。
よく泣いてしまう自分が形成されたのは、このせいだと思う。
互いに想いあってるのに、若干すれ違ってるというおはなし。


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