[ ど う で も い い く ら い 日 常 ]





「ひとなりーっ、おっはよー」
俺を呼ぶ声。
そして、いつも通り、スパンと綺麗な音で俺の頭を叩く
相変わらず、元気だけがとりえでハイテンション。
俺はため息をつきつつ、鼻で笑う。
「おはよう」と声を掛ければ、にこりと笑って「おはよう、仁成」とが言う。
今は休み時間で、次の授業は化学の実験。
俺は実験室へ向かう途中だから、スタスタと実験棟へと歩く。
は俺の持っている教科書を見て、次の授業が実験だと悟る。
「実験かー。いってらっしゃい」と言うと、俺に手を振って長い廊下を逆方向へ歩いていった。

実験室の薬品くさい独特な匂いに身を沈める。
黒テーブルの上のビーカーに水を入れ、ガスバーナーで沸騰させる。
ビーカーの中の泡を見ながら、考え事をする。
立花は居眠りして芳川に起こされているだろうとか、代理や山崎さんはしっかり板書を写しているだろうとか、
は何の授業を受けているのだろう、何を考えているのだろう、どんな気分でいるのだろうとか。
考えて、また次のことを考える。ビーカーの中に泡が生まれては消えていくように。

実験を終えて教室へ戻ると、案の定俺のかばんは消えてなくなっていた。
俺は屋上へと向かう。
重い扉を開くと、真っ青な空と真っ白な雲が見えた。
給水塔の側で、が俺のかばんを抱えて座っていた。
足は地面に投げ出して、制服のスカートが風に誘われてひらひらと動いていた。





「仁成、おかえりなさーい」

「あぁ、ただいま」





はにこりと笑うと、俺のかばんを投げる。
俺はそれを受け取り、の隣に座る。
は自分のかばんの中からお弁当箱を二つとりだし、そのうちの大きい方を俺に渡す。
いつものこと。
は俺の分の弁当をたまに作ってくる。
そういうときは、が休み時間に俺を誘いに来るか、移動教室から戻ると俺のかばんが消えている。

今日は卵焼きの中にいんげんが入っているなとか、ふりかけは鮭だなとか、焼鮭は昨日の夕飯の残りだろうなとか。
食べているときは誰もが嬉しそうな顔をしているもので、は本当においしそうに弁当を食べていた。
自分で作っているから、尚更おいしく感じるのだろう。

手を合わせて「ごちそうさま」と言うと、は「お粗末さまでした」と言う。
そして、は俺の肩にもたれかかって目を閉じる。
俺も、目を閉じて仮眠をとる。
貴重な、昼寝タイム。

予鈴が聞こえたら、身体を起こして教室へ戻る。
手を繋いで屋上から校舎の中へ戻る。
手が離れたら別れの合図。
互いの教室へ入っていく。
また、にこりと笑うは「また後でね」と言って手を振る。

まだの手の感触が残っている。
手のひらを見てぼんやりしていたら、隣の席の奴にノートで叩かれた。
「手相でも見てんのかよ」と。
生命線見たところで、占い師じゃないから何もわかりやしない。
教壇の上で熱心に語っている教師の左手薬指にはめられた銀色の結婚指輪が、きらりと光る。
突然、無性にに触れたくなる。
髪をすいて、身体をぎゅっと抱きしめて、あの唇に触れて・・・・・・。
ぼんやりしていると、同じ奴に教科書で叩かれた。
「また先生に教科書の角で殴られっぞ。すっげー痛いもんな、アレ」
のことを考えていて、以前教科書の角で殴られたときは、部活が終わるまで痛みがひかなくて参った。

授業を終えて部活へ向かう。
途中、階段でに出くわした。
は手ぶらだった。教室掃除でジャンケンに負けてごみ捨てを任されたらしい。
「もう部活行くの?」と切なげな目で言われれば、どうしようもなくなる。
腕をぐいっと引っ張り、を側まで引き寄せ、キスをする。
俺の胸を押し返して嫌がるそぶりを見せるけれど、「バカ、こんなところで」と言った声も、顔も、笑っていた。
「じゃーな」と言えば、「バイバーイ」と笑顔で手を振る

部活を終えた帰り道。
隣にはいないが、電話の向こう側で笑っている。
どうでもいいくらい日常。
こういう日常。
あしたも、あさっても、はこんなふうに笑っていると思う。









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タイトルが先に思いついて、そしたらネタがぼちぼちついてきた。
日常こそ大切だと思う。


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