[ ア ポ ロ ]





今日はバレンタインデーらしく、朝から綺麗に包まれた箱ばかりもらっている。
捨てるわけにもいかないので、部活の終わった部室で包みを全部はがしてみる。
名前とメールアドレスが書かれた紙切れが一緒に入っていたりするので、
そういうものはアドレスと名前がわからなくなるまでビリビリに破り、ゴミ箱に捨てた。
チョコレートは残っていた部員で分けて持ち帰る。
東本は喜んでかばんに入るだけ詰め込んで、鼻歌を歌いながら帰っていった。

無作為にとったチョコレートを食べながら駅への道を歩いていた。
平べったい丸型のホワイトチョコにイチゴ代わりのアポロチョコがつけてある。
まるで、ショートケーキのようだった。
女の子らしく凝った細かいデコレーションだなと思う。
ちょうど信号が赤に変わり、俺は横断歩道の手前で立ち止まった。
「今帰り?」と声がしたので振り向くと、がいた。
首に巻いた黄色のマフラーが温かそうだった。

信号が青に変わり、俺達は横断歩道を渡る。駅まではもう少し歩かなければならない。
は俺の手の中にあるチョコレートを見る。「いいなぁ、おいしそう」と、とても食べたそうに言う。
俺はかばんの中からまだ手付かずのチョコをとりだしてに渡した。
けれど、いらないと彼女は遠慮する。
当たり前だ。他の女が俺に食べてほしくて渡したものを、また別の女が食べることは普通ありえない。
けれど、俺は無理にの口の中にチョコを入れてやった。
困った顔でチョコをは食べていたけれど、笑って「おいしい」と言った。
そして、俺の口の中のチョコがのどを通ったとき、はごそごそとかばんの中をあさり、アポロをとりだした。
てのひらに3つだして、俺に手渡す。





「ハッピーバレンタイン!アポロしか持ってないけど」

「あ、ありがとう」

「アポロっておいしいし食べやすいから好きなのよねー」





は、隣で本当に嬉しそうにチョコを食べている。
幸せな時に最高の笑顔になれる、というのは嘘ではないなと実感した。
あとは、にアポロをもらって少し嬉しく思う俺がここにいる。
のアポロはいわゆる友チョコで、友達に渡すために買ったものらしい。
昨日は平日だからチョコを作る暇がなくて自分も食べれるように、好きなアポロを買ったのだ。
もともとさっぱりした性格のは、バレンタインデーを終えて一息つく。





「女の子は大変だよね。たくさんチョコ用意しなくちゃいけないから。
 もうかるのはチョコ業界だけだし、バレンタインじゃなくても好きな人に告白できるし」

「まぁな、だから金は天下のまわりものってな。
 それに、そういうイベントに後押しされて告白できるってのもあるだろうし」

「それって酒に酔った勢いと一緒じゃない?そんなのヤダー、真剣さと誠実さに欠けるよ」





そんなに真剣さと誠実さに欠けるのだろうか?
駅まで議論を続けたけれど、俺との意見が一致することはなかった。
駅からは全く逆方向へ買える俺達。
改札をくぐり、それぞれのホームに向かう。
いつもの車両の立ち位置に立つと、向かいにがいて、互いに笑いあった。
すぐに電車がやってくる。は電車に乗り込み、発車して姿が見えなくなるまで手を振ってくれた。





バレンタインデー以来、アポロを見るとの顔が浮かぶ。
コンビニで買ったアポロは少しずつ食べている。
けれど、まだ残っている。
部活で紅白戦をしていたら、意外と楽しくて何ゲームもやってしまった。
おかげで夜の7時を過ぎてしまい、辺りは真っ暗。
東本はいつの間にか姿を消していて、逃げられたと俺は舌打ちする。
残った部員で片づけを終えて帰ろうとしたら峰藤に呼び止められて、また帰るのが遅くなる。
峰藤から解放されて時計を見ると、もう8時前だった。
早足で俺は学校を出て、駅へ向かう。
前の方に人影が見えたけれど、それが誰かなんて認識できない。

アポロを口の中に入れる。
甘いチョコレートの味。
視線の先の歩行者用信号が点滅し赤に染まる。
口の中でとろけるアポロ、俺の思考回路もとろけたように鈍る。
信号が赤だから急ぐ必要もなく、瞳に映る景色は俺の大脳まで伝達されない。

遠くに見える赤い明かりに向かい歩いていた。
横断歩道の手前で立ち止まり、すでに信号待ちをしている人たちを眺める。
スーツを着たサラリーマン、手を繋いでいる若い母親とその子供、そしてブレザーを着た見慣れた後姿。
俺は、「今帰り?」との隣に立って尋ねた。
は驚きの表情を見せたけれど、笑って頷いた。
俺は、てのひらにアポロを3つ出し、に手渡す。
「もらっていいの?」と尋ねるに、俺は頷いて返事をした。





「おいしい。柊君もアポロ好きなの?」

「まぁな、たまたま目についたから買ったんだけど」





二人でアポロを口の中に含む。
信号が青に変わり、俺達は歩き出した。
その拍子に俺との手の甲が触れた。
身体をずっと動かしていた俺の体温が高いのは当たり前で、の手がひどく冷たいと感じた。
俺はかばんをあさって手袋を探す。
かばんの底からでてきたそれをに渡した。
「使えよ、さっきまで動いてたから使ったら蒸れる」と言うと、飛びきりの笑顔で「うん!」と言ってくれる。





「柊君って意外と優しいね。クールなのは、冷静な目でいろんなことを見てるってことで、冷たいわけじゃないんだね」

「そんなことねーよ。真冬に手袋なしで長時間歩くのは無理だってのは常識の範囲ってこと」

「そこがクールなんだよ。かっこいーね」





俺の隣で、しかも飛び切りの笑顔で「かっこいい」なんて言われたら、クールに装っていても心臓はバクバクいってしまう。
気を紛らすために、またアポロを口に運ぶ。
このままアポロと同じように溶けて消えてしまってもいいと思えるくらい、幸せな時間だ。
「好きだ」と言ってしまいたくなる。
例えこの関係が壊れてしまってもいい。この気持ち、ぶつけてしまいたい。





タイムリミットまであと5秒。

よん。

さん。

にい。

いち。





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アポロ大好きです。
母親のおつかいで、弟と父親のチョコを買いに行ったときに買いました。
大学は男ばかりで、今年のバレンタインはこのアポロとマーブルと、
唯一の女のクラスメイトからもらったのと、男友達が作ったいちご大福だけ。


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