[ dive , my handy phone and memories ]
久しぶりの大雨。空は夜のように真っ暗で、今が昼だということを忘れてしまう。
ジーンズのすそが濡れることも構わず、私は右手に傘を持ったまま、橋の上で立ち幅跳びをするように前へジャンプする。
その拍子に、ジーンズのポケットに入れていた携帯電話が・・・・・・・。
ダイブした。
慌てて手を伸ばしたけれど、爪がストラップをかすっただけで掴めなかった。
そのまま、私の携帯電話第1号ホワイティ、通称ホワちゃんは橋の下の濁流に飲み込まれた。
下流の海で探せば、いつか見つかると思う。けれど、見つかってもホワちゃんはもう生きかえらない。
がっくりと肩を落とし、私はホワちゃんに出会った携帯ショップへ足を向けた。
携帯電話を無くしたことを、メモリーに登録した全ての人に伝えることは大変だ。
真っ先に連絡した、というか伝えることになったのは家族。
その次は、登校中に出会った友達。それから教室で私を待っていてくれたクラスメイト。
携帯を持っていてもほとんど連絡しなくて、学校でも会って軽く立ち話する程度の付き合いしかない、
恋人と呼んでいいのかわからなくなるような関係の仁成に、私が携帯を無くしたことを伝えたのは無くしてからちょうど24時間後だった。
午後3時。6時間目まで授業が終わったこの時間、ちょうど昨日、私は橋の上で立ち幅跳びをして携帯を濁流に流し込んだ。
間抜けな話だ、と仁成は呆れて笑っていた。もっともなことだ。
家に帰って気づく。
携帯を無くして、やっと仁成と話せた。今度は何日ぶりだった?前に話したのはいつだった?
すぐに思い出せないのは遠い日のことだから。
多分、3週間前。
私が学校から帰ろうと思い、階段を下りてくつ箱の手前の段差を踏み外して転んだときだ。
人の気配を感じて振り返ると、部活でジャージ姿の仁成が立花君と一緒にいたんだ。
「大丈夫か?・・・恥ずかしいくらい派手に転んだな」
「うぅ・・・私がいちばん恥ずかしいってのー。いったーい」
あの時、仁成が手を差し出してくれて、私は仁成の手をとって起こしてもらった。
最後に聞いた言葉は「もう帰るのか?」だったっけ。
私は頷いて、仁成に「バイバイ」と言って手を振った気がする。
仁成に向かって笑顔になるのは、とても気分がいい。
もっと、手の届くくらい近い距離で一緒にいて、たくさん話をして、そうやって過ごしたいなと思う。
思うだけじゃ何も変わらないのだけれど。
携帯を無くして、新しいものを買わずに1週間過ごした。
高校に行っている限り、携帯なんかなくても友達には会えるから、必要ないんじゃないかと思った。
ただ、仁成と連絡がとれないことだけが気がかりだった。
携帯があっても連絡をとらないのだから、携帯がなくなったらもっともっと連絡をとらなくなると思う。
放課後の静まり返った教室で、私は呆けていた。
廊下からボールをドリブルしている音にも気づいていなかった。
私を呼ぶ声がして、やっと気づいたんだ。
「、パス!」
「え?・・・えええー!!!」
危うく、私は顔面で仁成からのパスを受けるところだった。
かろうじて顔の前に出した手がボールを受け止めた。
私は、ぷーっと顔を膨らませて仁成にパスを出す。
私のパスを受け止めた仁成は、笑っていた。
何がおかしいのか、私には全くわからない。
「元気じゃねぇか」
「はぁ?私はいつも元気がとりえですからねー」
「ホワちゃんが死んじゃったって言って、へこんでたのはどこの誰だっけ?」
「え、私そんなこと言った?」
仁成はクスクスと声には出さずに笑っている。
私の中にそんなセリフを言った記憶は無い。
じゃぁ、どうして?私が思っていることを仁成がどうして知っているの?
仁成は笑いながら「はわかりやすいから」と言う。
ボールを抱えて仁成は私の傍にやってきた。
仁成は手を私の頭の上に載せて「心配させんな」と呟く。
あぁ、この人は、会わなくても、連絡とらなくても、言わなくても、私のことを理解してくれる、心配してくれる。
視界がぼやけてきた。もう仁成の顔を見ていられない。
ぽろぽろと頬を伝う涙。
それをすくう白くて細い指。
ぼやけたままの視界でも、前を向けば仁成が困った顔をしているのはわかる。
何も言わずに、仁成は私をぎゅっと抱きしめて、背中をなでてくれた。
おえつばかりもれて、声にならない。
心の中で「心配かけてごめんね」と何度も何度も謝った。
「もう、謝るな。悪いこと、したわけじゃねぇだろ?俺の方こそ、ごめんて言わなくちゃいけないんだからさ」
「ど、う、して?あたし、何にも、言ってない、のに」
「はわかりやすいって言ったろ?元気だけがとりえで、単純。すっげーわかりやすい」
「元気だけじゃないっ。もっと、いいとこあるもん」
「そんなくしゃくしゃな顔で言われてもなぁ・・・。
ま、のいいとこは俺が全部知ってるから、言わなくても大丈夫。
それよりさ、今からどっかいこうぜ。最近、ずっと一緒にいられなかったからな」
私は涙で濡れてくしゃくしゃな顔のままで笑った。
笑顔になると気分もよくなる。
ごめんね、立花くん。今日はあなたの相棒をお借りします。
誰もいない昇降口。
扉の向こうに広がるグランドには、ユニフォーム姿でトレーニングするサッカー部のレギュラー陣がいる。
いろんな音声が聞こえる。掛け声、応援の声、指導する先生の声、ボールを打つ音、グランドを駆け回る音。
何もすることがなく、私は昇降口で佇んでいた。
人の気配を感じ振り返ると、帰宅しようとした生徒の気配で、私の待ち人ではなく少しがっかりした。
来るのがわかっていても、不安になることもある。来ないような気がすることもある。
情緒不安定、いつからこんなに弱くなったのだろう。
ふーっとため息をつく。
ため息をついたところで、幸せが逃げていくとは思えない。
むしろ、溜まったものを吐き出して気分がよくなった。
いろいろ考えても仕方が無い。なるようになるのだから。
誰かが走っている足音が聞こえた。足音の方向を見れば、仁成が荷物を抱えて走っていた。
多分、部活を抜け出そうとして立花くんや東本くんに捕まったのだろう。疲れた表情の仁成だった。
私は、その場面を想像して笑った。
仁成と、こうして並んで歩くのは久しぶりだ。
私の口は止まることを知らず、ずっと話し続けていた。
仁成に話したいと思っていたことがたくさんあるのだ。
歩いていると、互いの手の甲が触れ合う。
けれど、手を繋げずにいた。
人前で手を繋ぐのは、なんだかちょっぴり恥ずかしいから。
何度も、何度も手が触れ合う。
戸惑っていると、ぎゅっと手を掴まれた。
隣を向けば、仁成が笑っていた。
「こういうのは奥手なんだな」
「だ、だって、誰かに見られたら恥ずかしいし」
「別に見られても減るもんじゃねーし、もっと堂々としてろよ」
「う・・・うん」
繋いだ手がとても暖かくて心地よい。
ぴたっとくっつけた腕からもぬくもりが伝わってくる。
とても久しぶりな、このぬくもり。
なんだか、とても、いい感じ。
「なんか、いいよな」
「え?」
「こうやって、手、繋いで歩いてるのがいいよなって。すっげー落ち着く。あんまり一緒にいられないから・・・か」
「うん。私も、今そう思ってた。シンクロしてる?」
「かもな」
仁成に「どこ行きたい?」と尋ねられても、行きたい場所なんて思いつかない。
場所なんてどこだっていい。仁成と一緒にいられるのならば。
行くあてもなく、ただ街の中をさまよう。
ところどころ、水溜りのある橋。
まだ濁った色で水かさの増した川。
この川は、どこまでホワちゃんを運んだのだろう。
私は橋の上で立ち止まる。
仁成はそれに合わせて止まる。
私の思い出がたくさんつまって、思い出を共有してきたホワちゃん。
さようなら。
「新しい携帯、買いに行く!」
「今から?」
「証明書とかないから、何を買うか決めに行く!私の思い出、またいっぱい詰め込むから。
だから、仁成も協力してよね。メールとか電話、いっぱいしようね。デートの約束もしようね」
「はぁ・・・・・・。ま、いいか、に付き合うよ」
心の中で、もう一度別れのあいさつをして、私は橋を渡りきった。
携帯を変えるつもりはなかったから、どれを選んだらいいかきっとわからない。
たくさん迷うと思う。だから仁成に一緒に来てもらえば、いいアドバイスをしてくれる。
今度は私から仁成の手を握る。
仁成に心配かけないように、仁成の役に立つように、これから元気に頑張ろうと。
そう思える、すがすがしい青空が頭上に広がっていた。
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び、微妙…。
アンケートより「元気っ子で照れ屋なヒロイン」目指して失敗。
イメージは花より男子のつくしなんだけど、表現できないなぁ。