「偶然」に「運命」を感じるのはおかしいことだろうか





      [ C H A N C E ]





正月休みも終わり、仕事始めの日。
大雪の影響で電車やバスは運行できず、県内全域に暴風警報がでていて部活は休みになった。
外は白一色の銀世界。
毛糸の帽子をかぶった小学生達が雪だるまを作って遊んでいた。
道の隅に雪だるまを作り上げて、今度は雪合戦。
誰かが合図をするわけでもなく、足元に広がる雪を見ているとやりたくなるもので、
皆の視線が足元にいき、かつ誰かが雪に手を伸ばした瞬間それは始まるのだ。

冷蔵庫の中も棚の中も、食べ物は空っぽ、何もない。
朝ごはんを食べるには、家から出なければならない。
俺は、渋々着替えて家の外に出る。
いつもよりぐんと寒い。
けれどいつもとは見慣れぬ景色が寒さを忘れさせてくれた。
滑らぬように、一歩一歩踏みしめながら白い道を歩く。

雪合戦をしている小学生の間を抜けようとしたら、急に小学生が雪玉を一方向に向かって投げた。
女の声で「ひゃっ」と悲鳴が聞こえ、顔やコートにかかった雪を払いのけると馴染んだ顔が見えた。
は俺には気づいていないみたいで、小学生相手に大人気ない態度で雪玉を作っては当てていく。
満足したようで、は一息ついて顔を上げた。
そのとき、俺と目が合った。
の顔のひきつりようは言葉では表現できないくらいのものだった。





「ひ、ひとなりー、いるのならいるって言ってよ〜。はずかしいことこの上なし」

「すっげー楽しそうだったけど?」

「うん、楽しかったよ。雪が積もるなんて珍しいし、遊ばなくちゃねー」





は小学生の弟の面倒を頼まれていたので、軽く立ち話をして別れる。
久しぶりにの顔を見れたことが嬉しかった。しかも、楽しそうに笑った顔が。
学校でないとには会わないから。デートなんてする暇ないから。

コンビニでサンドイッチとコーヒーを買う。
コーヒーを手に取った拍子で、隣に置いてあったミルクティーがゆらりと傾いた。
ミルクティーを手にとって元に戻す。が、これも偶然の産物、何かの縁だと思い一緒に買うことにした。
ミルクティーはの好物だから。

白いコンビニのビニール袋を手に提げ、行きの道と同じように滑らぬように神経を集中させて歩く。
の家の前を通りかかろうとして、玄関ポーチの中にの姿を見つけた。
は「あっ」と声を上げて、嬉しそうに表通りへ出てくる。
手にはめた手袋は、雪がしみて濡れていた。弟と一緒に雪だるまを作っていたのだと。
弟は家の中へ戻っていき、俺とは生まれたばかりの雪だるまを眺める。
ふと、ミルクティーを買ったことを思い出し、袋の中から取り出したそれをに渡す。
あの時、に会うことをミルクティーはわかっていたのかもしれない。
きっと、に飲んでほしくて俺がコーヒーを取ったときに飛び出そうとしたんだ。
・・・なんて、まるでおとぎの国の話のようなことを考える。





「え、くれるの?」

「あぁ、コーヒーとったら飛び出してきたんだ、そいつ」

「アハハ、何それー。すっごく仁成らしくなくて面白い話だねー」





おいしそうにはミルクティーを飲む。
腹の虫が鳴いていた。俺は「朝飯食ってねーから」とに別れを告げた。
は俺の姿が見えなくなるまで、家の前で手を振っていた。
そういう行動が、とてもかわいらしくて俺の心をくすぐるんだ。

年末にできなかった大掃除をし、まだ手付かずの宿題を少しずつ片付ける。
ふと、時計を見れば時刻は午後3時を指していて、昼ごはんを食べていないことを思い出した。
気分転換を兼ねて家の外へ出る。
雪は太陽の光を浴びて、ほとんど融けている。辺りは水浸しだ。
どこへ出かけるにしても、家が近所だからの家の前を通らなければならない。
もちろん、それが嫌である理由がない。に会える、会えないに関わらず。
りんごのいい匂いがするなと思うと、の声が聞こえた。
リビングの出窓から、が身を乗り出して手を振っている。





「ひーとーなーりー。何か用事でもあるー?りんごの蒸しパン作ったから、うちにおいでよ」

「へぇ、すげーな。そっち、行く」

「いらっしゃーい」





本当にによく会う日だ。これほどアポなしで会っているのだから、偶然に運命を感じてしまう。
の家のリビングへあがると、テーブルの上にりんごの蒸しパンが8個おいてあり、
はコンロでミルクを温めていた。
温められたミルクをマグカップに注ぐとココアのいい匂いがした。
は小さなマグカップと蒸しパンを4つずつ、トレイの上に載せてリビングを出て行く。
どうやら、弟とその友達に差し入れるようだ。
が戻るのを待って、俺達も蒸しパンとココアを頂く。
できたての蒸しパンはやわらかくておいしかった。

は英語の予習をすると言い、部屋から教科書とノートを持ってきた。
さっきまでやっていたばかりの宿題だから、俺にはすぐわかる。
の隣で、俺は手持ち無沙汰になる。
肩までの長さに伸びたの髪が、光に反射してキラキラ光る。
指を通せばサラサラ流れる。
それが心地よくて、の髪を指でもてあそんでいたら叱られた。
「仁成さん、集中できないんですけど?」と。

途中、の友人が遊びにきたので俺は退散した。
続きの宿題を集中してやる。冬休み終了まであと2日。
それまでに宿題が終わらなければ、提出を諦めるしかない。
夕方6時、辺りは真っ暗になり、月明かりが街を照らし出す頃。
ワイワイ話し声が外から聞こえ、ドタバタとアパートの階段を複数の人間が上ってきた。
関係ないと思っていると、ドンドンと扉をノックされ、俺は驚く。
扉を開くと、バスケ部の仲間達、東本、堀井、芳川、代理、山崎さんの5人がいた。
それぞれスーパーのビニール袋を持ち、東本と代理はカセットコンロと土鍋を持っていた。





「ちーっす、柊。鍋するよ、鍋〜。いっぱい買っちゃったもんねー」

「鍋って、ここでか?」

「あったりまえじゃーん!一人暮らしの男の部屋なんだから、多少汚しちゃっても問題ないわけだしね」

「酷いよな、堀井は。俺ん家だからどうでもいいってわけか」





堀井と芳川は持参したエプロンを身に着けて、さくさく手際よく野菜を切る。
俺と東本は指示されたとおり野菜を洗う。
山崎さんと代理はテーブルの上に、カセットコンロと鍋をセッティングしている。
そういえば、こんなにたくさんの人間がこの部屋の中にいるのは初めてだ。
狭い部屋に7人もいるけれど、狭いとは感じない。まだまだ人は入れる。

パックの寄せ鍋のだしを土鍋に入れて沸騰させる。
隣にはキムチのだしを入れた土鍋を並べて、同じように沸騰させる。
煮立ってきたら白菜、白ねぎ、糸こんにゃく、豆腐を入れていく。
まだまだ入れる具はたくさんある。
うどん、ごぼう天、串団子、はんぺん、練り物。おでんに入れる具まである。
最後に雑炊ができるように、ちゃんとご飯も炊いている。

堀井はてきぱきと紙コップにお茶を注ぎ配っていく。
慣れた手つきから、こいつは何度もこういうことをしているのだろうと想像できる。
皆にコップが渡ったところで、東本が咳払いを1つして、立ち上がる。





「えー、では、代理の合格祈願と、山崎さんの就職祝いと、立花の手術の成功と・・・えーと、あと何かあるか?」

「これからの国府津高校のバスケ部もがんばっていこーってことで」

「おう、芳川ナイスサポート!・・・ということでー、乾杯!」





紙コップだからコップとコップを合わせてもいい音はしないけれど、気持ちだけで十分楽しめた。
皆で食べる鍋ほどおいしいものはない。
無機質なこの部屋も、鍋の温かさとは別の温かさに包まれているように感じた。

意外と飲んだり食べたりするもので、具はまだありお腹もいっぱいにはなっていないのに、お茶とだしが足りなくなった。
買い出し係りをじゃんけんで決める。もちろん、夜だから女2人ははずして4人でじゃんけん。
パーを出した俺が負けて買い出し係りになる。
お茶とだしの数を決めて、俺は出発する。
例のごとくの家の前を通る。リビングに明かりは灯っていた。夕食を食べている頃だろう。

コンビニにだしは売っていないので、いちばん近いスーパーまで行く。
お茶を2本とだしを1パック、かごに入れてレジに並ぶ。
前に並ぶ人の後姿が、よく見たことあるなと思えば、その女の人はだったりする。
「わぁ、仁成?」とは驚いていたし、俺も驚いた。
今日は、によく会う日だ。
が手に持っていたものは、原稿用紙。弟の読書感想文に使うそうだ。

は自転車で来ていたので、俺が前に乗り、は後ろの荷台に乗って自転車二人乗り。
顔にあたる夜風は冷たくて顔が切れそうに痛いけれど、腰にまわされたの腕、背中に感じるのぬくもりが、痛いことも忘れさせてくれた。





「今日は、仁成によく会う日だね。偶然ってすごーい」

「俺もそう思ってた。偶然ってすごいよな」

「偶然に運命感じちゃうよね」





全くその通りだ。偶然に運命を感じてしまう。
俺だけじゃなかったんだと安心した。
俺だけ運命を感じていても、が感じていなかったら話にならないから。

はまだ夕飯を食べていなくて、今日は家族全員で外食しに行くらしい。
俺達の鍋パーティーにも行きたがっていたけれど、滅多に外食に行けないから悩みに悩んで家族をとった。
今度は予定を立ててから一緒にやろうと約束した。

の家の前で自転車を止める。
別れの言葉を交わして、俺達は別れる。
に出会ったのも、俺の部屋にいる皆と出会ったのも偶然。
俺が国府津へこなければ、バスケットを本当に止めてしまったら、きっと出会わなかった。
だから、出会ったことに運命を感じる。
運命なんてそんなものなのかもしれない。
偶然から全ては始まるんだ、きっと。









**************************************************

偶然に運命を感じません?
偶然は運命に繋がるし、運命は偶然の産物だと思います。
いつも、なべパするときはおでんに入れるごぼう天とか串団子いれますよ。
だっておいしいから☆


inserted by FC2 system