[ 秋の中間試験の少し前のお話 ]





ベッドの上に転がったまま、仁成は天井を見上げていた。
寝るわけでなくて、単に寝転がって天井を見ている。
私は、たった今買い物に行って仁成の家に帰ってきた。
スーパーの袋をドカっと玄関に置く。
それでも全く仁成は反応しない。
「ただいまー」と大声を出すと、やっと声を出した。
けれど、「あぁ」だけ。
私はため息をついて、項垂れた。

もうすぐ2学期の中間テストだというのに、仁成は勉強する気配すら見せない。
いつもなら、授業中だけじゃ勉強時間足りないからとか言って猛勉強しているのに。
ため息をついて仁成の心配をする。
とりあえず、昼ごはんでも食べさせて元気にしてやろうと考えた私は、
スーパーの袋から麺とキャベツ、にんじん、もやし、豚肉を取り出す。
今日の昼ごはんのメニューは焼きそば。
それくらいしか私の作れる昼ごはんはないから。

まな板と包丁を出す。
包丁の切れ味は悪い。当たり前だ。ひとりぐらしの男の子が料理なんてするわけがない。
ほこりをかぶって眠っているのが普通だ。
キャベツを必要なだけむき、洗って適度な幅で切る。
にんじんは洗って皮をむいて、火が通りやすいように薄く切る。
もやしは洗い、豚肉は適度な大きさに切り分ける。
フライパンを温めて油をしき、火が通りにくいものから炒めてゆく。
野菜を炒めていると、おいしそうないい匂いがしてきた。
私はひとり満足する。
麺をほぐし、ソースをかけたら焼きそばのできあがり。

とてもいい匂いが部屋に満ちているのに、仁成は動こうとしない。
私はできたての焼きそばを皿に盛り付け、テーブルの上に並べる。
顔をのぞきこめば、仁成は目を閉じて眠っている。
私は人差し指でツンツンと仁成の頬をつつく。
男のくせに色が白くて肌にハリがあって、つやつやぷるぷるしているのがうらやましい。
調子に乗ってツンツンつつきまわしていると、ガシっと腕を掴まれた。
どうやら王子様はお目覚めのようです。





「何やってんだよ、

「だってごはん作ったのに起きないんだもん、仁成ってば」

「すっげーいい匂いしてるからずっと起きてた。食ってもいい?」





私は笑顔で頷く。
グラスに麦茶を注ぎ、箸を並べる。
仁成と向かい合わせに座り、私は手を合わせて「いただきます」と声をあげる。
自分で作ったものだけれど、つい習慣で言ってしまう。
「いただきます」と言ったほうがおいしく感じるのは気のせいだろうか?

テスト範囲のことや日程のことを話しながら私たちはランチタイム。
ベッドの上に転がっていた時の表情とは全然違う。
本当においしそうに私の作った焼きそばを食べている。
けれど、私が話しかけても返事は「あぁ」とか「そうだな」とか、気持ちが入っていないものばかり。
わかってるよ、この季節、憂鬱になるのは。
わかってるよ、ちょうど1年前の出来事、思い出してるんだよね。
わかってるよ、私と立花君、天秤にかけて量ることなんて仁成はしない。
わかってるよ、こんな時、仁成を支えられるのは私しかいないって。

けれど、いい案が思いつかない。
何を話せばいいか、何をしてあげたらいいか、全くわからない。
今、仁成のそばにいるのは私だけなのに。
一番近くにいるのに、するべきことが見つからない。
食事を終えたら片付ける。そんな当たり前のことしか頭に思い浮かばないのはどうかしてると思う。
完全に、ただの主婦の思考回路になっていた。

昼ごはんを食べてから、しばらく仁成はぼーっとしていた。
頬杖をついて、どこか遠くを見ていた。
目には部屋のに壁が映っていると思うけれど、壁なんて見ていない。
壁を通り越して、どこか遠いところを。
私にはどうすることもできない。
だって、長崎に仁成を連れて行く術なんて持っていないから。

本棚に並べられた教科書の中から私は地理で使う地図帳を探す。
隅に置かれたそれを取り出して九州の地図のページを開く。
けれど、何もいい言葉は思い浮かばない。
今度は日本全国が写ったページを開く。
1年前に仁成の言った言葉を思い出した。
ダンと私は地図帳をテーブルの上に叩きつける。
仁成が少しビクっとして身体を強張らせた。





「ほら見て、長崎はココ。神奈川はココ。めちゃくちゃ遠いよね」

「あぁ、そうだな」

「遠いから会えないよね。だから、てっぺんで会おうって約束したんだよね、立花君と、ね?」

「・・・・・・そうだな」





仁成はしばらく沈黙したまま。
私もそれに倣って沈黙する。
テーブルに広げられた地図をずっと眺めていた仁成は、突然バっと顔をあげる。
私の顔を見てそっと笑う。
私の頬には仁成の手が添えられていて、気づけば仁成とキスしていた。
「ごめんな」と仁成の口が動く。





「いつも、に心配掛けてばっかだよな。ほんと、ごめんな」

「全然、謝ることじゃないよ。でも、仁成の元気がないと私もなんだか落ち込んじゃうし。
 それより、仁成がテストで赤点とっちゃったりしたら困るもん。
 峰藤先生はさぁ、仁成のことは全部あたしの責任にするから。保護者じゃないっつのー」

「俺がこうやっていられるのはのおかげだからな、保護者みたいなもんだろ?
 いつも支えてくれるし、守ってくれるし。
 俺がにやんなきゃいけないこと、全部が俺にやってくれてんだよな。
 ・・・・・・ほんと、情けねぇ」





仁成の腕が私の身体にまわされる。
痛いくらい強く抱きしめられても、仁成のぬくもりが優しくて痛みも感じない。
全然情けなく感じる必要ないよ。
だって、仁成がここにいてくれるだけで私は前を向いて進もうと思えるのだから。





「来年、絶対会えるよ、立花君に。ね?だから、会うためには仁成も努力しなくちゃ」

「勉強しなきゃ、だな?さすがに留年したらマズイからな」

「うんうん、一緒にガンバロ!」





ぼーっとした顔なんて仁成には似合わないよ。
何かに対して一生懸命な顔が一番似合ってるよ。









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焼きそばとお好み焼きくらいはメニュー見なくても作れますが…。
アイル14巻を読んでいて、この辺りの話をいつか書こうと思ってました。
もしかして、14巻って14番のこと?なのかと今更思った。


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