[ 天 気 は 快 晴 ]





テスト前でもないのに部活が珍しく休みになった。
どうやら大会前のバレー部に体育館を、サッカー部とラグビー部にグラウンドを占領されてしまい練習場所が無いらしい。
そんな土曜日。
昨日、に休みだからどこかへ出かけようかと言ったら、国府津の海に行きたいとは返事した。
携帯電話の向こうにはがいる。





「明日部活オフだから出かけるか?」

「オフ?じゃぁデートデート!国府津の海行こうよ。明日暖かいらしいし仁成は何にも持ってこなくていいから」

「え?何かあるのか?」

「ピクニックね」





携帯電話の向こうで、ニッコリ笑うも、不気味な笑みを浮かべるも、両方俺の頭の中に広がる。
よくわからないまま、とにかく明日は国府津の海へピクニックへ行くのだと結論付けた俺は電話を切った。





翌朝、朝食を終えて朝のニュース番組を部屋で見ていると、玄関の扉をノックする音が聞こえた。
続いて「ひーとーなーりー」と俺を呼ぶ声がする。
そしてまた扉をノックする。
俺はうんざりしながら鍵を開いて扉を開けた。
するとが少し大きなバスケットを抱えて立っていた。
足元を見れば素足にハイカットのシューズ、履いているのは膝下丈のロールアップパンツ、
羽織っているのはパーカー、その下に着ているのは外国の女性の横顔がプリントされたTシャツ。
頭にはキャスケットをかぶっていて、着飾って都会を歩くデートというよりは、丘へピクニックへ行くようなスタイルだ。
時刻は8時半。まだ仕度を整えていない俺は寝間着代わりのジャージ姿。
俺が慌てて着替えている間、はテレビから流れてくるニュースに目と耳を傾けていた。

仕度を整えると、はテレビの電源を切って丁寧に電源コードもコンセントから抜く。
電気代がもったいないというのがの言い分。
俺はが持ってきたバスケットを手に提げて家を出た。
続いてが扉を開いて出てくる。
鍵をかけたらすぐに出発。
電車で行けばすぐ近くの国府津だけれど、今日はここから歩いて行くというのがのメニュー。
俺たちは並んで歩き国府津の海を目指した。

国道沿いの狭い歩道を並んで歩く。
周りに注意を払って、誰かとすれ違うときは一列に並ぶ。そしてまた横に並んで歩く。
の手をとれば、伝わってくるのはのぬくもりと小指にはめたピンキーリングの冷たさ。
握る手に力をこめる。
ぎゅっと握っていないといけないような気がしたから。
傍にがいることを噛み締めていられる気がしたから。

「天気はー、快晴っ!」
は空を見上げて手の指を使って円を作る。
円の中に雲がなければ、快晴に決まっている。
は俺を振り返り、ニッと笑う。
理由はよくわからないが、は楽しそうにしているから、それでいいやと思った。

数時間歩いて国府津の海が見えてきた。
見慣れた景色だけれど、と二人きりで休日にくるという状況に、何もかも見たことの無い新しいもののように感じた。
高架下のアスファルトにビニルシートを敷いて、そこから海の向こうを、水平線を見る。

「平和、だな」
俺は地平線を見ながら呟いた。
はその隣でかみ締めるように頷く。
俺たちはわかっていた。本当は平和なんかじゃないと。
地平線の向こうでは紛争が起きていたり、一日一日生き延びることで精一杯の人たちがたくさんいることをわかっている。
けれど、自分たちが平和でいられるのなら、その平和な中で一生懸命生きてやろうと。
一生懸命生きて、たまにはこうやって息抜きもして。

はハイカットのシューズとくるぶし丈の靴下を脱ぎ捨て、砂浜を駆けていく。
そのまま海に足を入れる。
初夏の海はまだ冷たいから、歩き続けていたにはちょうどよい冷やし水になったようだ。
海水を手にすくい、はそれを宙へ放つ。
キラキラと水しぶきが光を放ちながら海面へと落ちていった。





「あー、生きかえる〜」

「死んでたわけじゃないだろ?」





軽口を叩けば、は水をすくって俺の顔目掛けてかけてきた。
とっさのことに対応できず、腕で顔をガードしたけれど海水を顔に浴びてしまった。
口の中に塩辛い水が入る。目に海水はしみる。
の笑い声が響く。
砂浜に寄せてはかえる波の音が聞こえる。
本当に、平和な快晴の日。

クラスが違うから、と顔を合わせることはほとんどない。
登下校も、俺が部活の朝練があるから一緒に行くことはほとんどない。
休みの日にデートに行くか、偶然同じ電車に乗ることになれば一緒に学校へ向かったり帰ったり。
会わない日が多いほど、話すことはたくさん積もっていく。
砂浜に足を投げ出して、日差しをあびながらと俺は話をする。
クラスのこと、勉強のこと、部活のこと。
話は尽きることが無い。





「こんなにたくさん仁成と話したのって久しぶりだね。むしろ初めて?」

「そうだな、春休みもまともに会えなかったしな。・・・が風邪ひいたから」

「うん、ごめんね。せっかく私と仁成のオフが重なったのに、風邪ひいちゃって寝込んでたもんね」





苦笑いするに、俺は笑いかける。
済んだことは仕方が無い。それはそれで、思い出の1ページ。
今日の日もまた、思い出の1ページ。





「今日ね、早起きしてお弁当作ってきたの。お母さんに手伝ってもらったし、冷凍食品も入ってるけど。
 私、お腹すいたー。もうすぐ12時だし、お昼ご飯にしない?」

「そうだな、俺も腹減った」

「よし、じゃぁお昼ごはんだ!」





は目を輝かせて高架下のビニルシートに向かって走っていく。
余程お腹が空いているのだろう。
俺はの後姿を見ながらゆっくり歩いて高架下へ戻る。

平和な休みの日。天気は快晴。ピクニック日和。
俺が運んだバスケットの中身は弁当箱と水筒。
好きな人と一緒に食べるお弁当は、一段と美味しく感じる。
ふたりきりの時間を満喫できた、とある日のお話。









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何を思って書き出したのかまったく覚えてない話。
書き始めは初夏でした。今は盛夏です。
天気のよい日にピクニックに行きたかっただけです。
こういう日常ばっか書いてて、あんまりラブラブハッピーじゃなくてスミマセン。

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