# 名 前 #





私と仁成は付き合い出して8ヶ月以上経っている。
けれど、仁成の奴は一向に私のことを「」と呼ぼうとしないのだ。
確かに互いの存在を知ってから1年以上の間を置いてから付き合いだしたから苗字で呼んでいた時間の方が長い。
けれど、苗字で呼ばれると、嬉しくない。うわべだけの付き合いのように感じる。
そう考え出したのが、付き合いだして5ヶ月ほど経った頃。
そして仁成が自分からそう呼ぶまで待とうとして3ヶ月が過ぎた。
何を考えているのだろうか、この男は。
周りの人間もそれに気づいていて、私にそのことを尋ねてくる。
けれど、答えようが無いので私も困ってしまう。





「ねぇ、柊がって呼んでるとこ見たことないんだけど、どうなってんの?
 菫と立花でさえ名前で呼んでるのに」

「私と茜は幼馴染だからちょっと違うでしょっ。
 この前体育館の前で見たときも、ね、ちゃんのこと見つけてーって呼んでたもんね」





美加と菫は私と仁成のこともよく知っている。
疑問に思うのも最もな話だ。
そろそろ限界かな。
意地でもと呼ばせるから、覚悟してもらおう。

久しぶりの休日。
もちろん週休2日の高校に通っているから私には休みは2日ある。
けれど、土日祝日はたいていアルバイトで出払っている。
たまたま休みがとれた。仁成も今日は部活が休みで朝からデートに出かけていた。
相変わらず私のことは「」と苗字で呼ぶだけ。
手を繋いだりするけれど、名前で呼んではくれない。

デートを終えて仁成の部屋に行く。
デートの途中で買った雑誌を読みながら、淹れた紅茶をふたりで飲み、クッキーをかじる。
雑誌の一ページ、ペアリングでないけれど銀色の指輪が載っていた。





「あ、これいいね。買おっかなぁ」

「これ?俺もいいって思ってた」

「ほんと?奇遇だね」

「指輪、買ってないから2人で買おうか?そんなに高くないしな」





2人で指輪の話で盛り上がる。
それでも、私のことはとは呼ばないのだ。
溜め息をつくと、仁成は私の顔を覗きこむ。





「どうした?」

「ん・・・付き合いだしてもう半年経つじゃん。8ヶ月くらいか。それでも仁成は私のこと苗字で呼び続けるのかなぁって」

「あぁ、そういやそうだな。ずっとそう呼んでたから、慣れてしまったのかも」

「ねぇ、って呼んでよ。嫌なの?」

「わかった、努力する」





努力させるだけじゃダメだ。
私は今すぐ呼ばせる練習をする。






「じゃぁ、今すぐ呼んでよ。はい練習。仁成?って言うから、なんだよ?って言ってね。
 ひとなりー」

「なんだよ、・・・
「何にも無いよ。ってか間があったよ」

「いちいちうるせーな」





仁成は少し顔を赤くしてそっぽを向く。
間があったけれど呼んでくれたから善しとした。
あとはそれを定着させるだけだ。

しばらくして、仁成は冷蔵庫の中を確認する。
もう夕方だから、きっと晩ご飯の仕度でもするのだろう。
私は仁成の横から冷蔵庫の中身を確認する。
男の一人暮らしなんてこんなものなのだろう。
調味料とお茶、牛乳、卵、蒟蒻畑グレープフルーツ味が入っていて、あとは特に目立つものは入っていない。





「ちゃんとご飯作ってるの?野菜とらなきゃダメじゃん。なんでも野菜買ってきて野菜炒めにしたら楽でいいよ」

「買い物行かねーとな」





パタンと冷蔵庫を閉じる仁成。
私はご飯を炊く準備として米を洗おうと立ち上がろうとした。
けれど、仁成に強く腕を引かれて立てずに前に倒れてしまった。
仁成は抱き起こしてくれて、それから私の名前を呼んだ。







「ん?」

「なんでもない」





なんでもないと言っておきながら、仁成は私にキスする。
それからぎゅーっと強く抱きしめてくる。





「仁成?」

「何?」

「どしたの?」

「キスしたくなったから、しただけ」





よくわからない理由だなと思う。
けれど、私がはっきりと質問していないのにその言葉の意味をちゃんと捉えてくれたことに、驚きつつも嬉しく思った。
話さなくてもわかってくれたのだ。

数日後、相変わらず私がいないところでは私のこと苗字で呼んでいるけれど、
私の前ではちゃんとと呼んでくれる仁成がいる。
これは大きな進歩だと私は思っている。
放課後、教室で美加と菫と私の3人でお菓子をつまみながら仁成を待っていた。
もちろん待っているのは私だけで、2人は私に迎えが来るまでの付き添い。





「最近名前で呼んでくれてんじゃん、柊の奴。相変わらず私らの前じゃってねぇ」

「でもよかったよね、ちゃん」

「それがねぇ、最近視線が痛い」

「あぁ、柊ファンの視線が痛いって?幸せな証拠だっての。柊独り占めできんだから諦めな!あ、噂をすればなんとやらって」





美加がちらと見た先には仁成がいる。
手を振れば、仁成は手を挙げる。
私達が教室でお菓子を食べてることが気に入らないようで、眉間に皺を寄せていた。
美加は仁成が眉間に皺を寄せていることが気に入らないようで、すぐに立ち上がって仁成にくってかかる。





「ちょっと、柊ー。その顔なに?なんか文句でもあんの?」

「居座って井戸端会議してるみてぇ」

「それって主婦には重要なことなの。男のあんたには一生わかんないわよ、ねー

「そりゃぁ仁成は男だもん」





私は苦笑いして立ち上がり、かばんを手に提げ美加と菫に別れを告げる。
仁成は相変わらず不満そうな顔で廊下に立っている。
私が丁度教室を出るとクラスメイトがやってきて、私は彼女と軽く立ち話をする。
仁成は壁にもたれて私達の話を聞いていたみたいだけれど、突然「」と私を呼ぶ。
時計を見れば乗る予定の電車にはギリギリの時刻。
時間だからと彼女と別れて、私は仁成と廊下を走り、階段を駆け下りて学校を出る。
早足で歩くと無口になる。
歩行者用信号が点滅していれば走って横断歩道を渡る。
歩道を人がたくさん歩いていれば「すみません」と断って間をすり抜ける。
大急ぎで駅へついて見れば人身事故の影響で電車は10分遅れで運行しているという放送。
私達はがっくり肩を落とした。





「10分遅れかぁ。仕方ないね」

「急いだのにな。ま、仕方ないよな」

「お菓子食べる?」

「まだ食うのかよ。あんだけ食ったろ?」

「うん」





仁成は呆れ顔だけれど、私が差し出したクッキーをつまんでいる。
そして、ふと思い出したことがあったようで「あ」と声を上げた。





「何?」

「こないだの、が見てた指輪じゃねぇけど、似たようなモン売ってる店があるって聞いたから、そのうち行こうか」

「おー、行く行くー。行きますッ」

「なんか、名前で呼ぶのも普通だよな。あんまかわんねぇ」





どうやら仁成に「」と呼ばせることが定着したようです。
私は大満足で、口をニーっと開いて笑った。
それを、相変わらず不満そうな眉間に皺を寄せた顔で仁成は見ている。
もちろん私の隣で。









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冷蔵庫の中はクラスメイトの冷蔵庫と同じにしました。
飲み会と勉強会の時に蒟蒻ゼリーを買って入れておいたなぁ。
あれ以来グレープフルーツ味にはまってます☆
名前ってのは特別だと思う。HNでさえ6年目だ。
私の場合ニックネームがすごく特別かな。


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