# 不 動 #





幼馴染というのは確かに友達よりもっと深い関係かもしれない。
けれど、幼馴染という関係がひっかかって、私は未だに「仁成が好きだ」と伝えられていない。
近いから、伝えられない。この関係が崩れるのが怖くて。
中学にあがってすぐ私は引っ越した。ちょうど、今、仁成が一人暮らしするアパートの近く。
中学3年間の仁成を私は知らない。中学にあがるまでと、国府津高校に入ってからの半年は知っている。
国府津のバスケ部で楽しそうに頑張っている仁成の姿を見て、私は仁成に惚れ込んだ。
小学校の頃から好きだという気持ちはあったけれど、中学3年間で色あせてしまった。

中学時代、バスケ部の練習試合で二宮に行ったときに仲良くなった名前も知らない女の子たちが国府津高校で見かけた。
向こうも私のことを覚えてくれていて、国府津のバスケ部に一緒に入ろうということになった。
私は仁成が同じ高校だと知らなかったから、3人で葉山崎との練習試合を見に行ったときは驚いて声も出なかった。





「ひーとなりっ」

試合が終わった後、菫と美加と一緒にコートに降りる。
仁成を見つけて、私は駆け寄った。
仁成は「こいつ、誰?」と思っているような顔で私を見ていたけれど、しばらくして思い出してくれた。





「あっ、?・・・久しぶりだな。変わってたからわかんなかった」

「忘れられてたらちょっとショックです」





部活が終わってからみんなで一緒に帰る。
国府津駅で別れてそれぞれの電車に乗る。
仁成が同じ方向だと知って嬉しいなと思っていたら、住んでいる場所を聞いているうちに近所に住んでいることがわかった。
また幼馴染の頃のように一緒に学校へ行ったり、家に帰ったりできるのかと思うと嬉しくて顔が赤くなった。
やっぱり、色あせたと思った気持ちは変わらずにあったんだ。

家に帰って母さんに仁成が近所に住んでいることを報告。
すると、「一人暮らしで栄養偏ってるかもしれないから、いつでも晩御飯に呼んできなさい」と言ってくれた。
それ以来、月に2,3回は仁成と共に夕食をとっている。
夕食をとったあとに私の部屋で数学の宿題や英語の予習をするのも習慣になってしまった。
はじめは、年頃の娘の部屋だからか知らないけれど、仁成は私の部屋へ入ろうとしなかった。
「宿題、わかんないから教えてよ」と頼むと、しばらく考えてからイエスと返事をしたんだ。

高校で初めての中間試験を控えた日、私の部屋で仁成と一緒に数学の問題集を解く。
20ページ分の問題集を課題として出されたので、私と仁成はゲッソリしてノートに問題を解き始めた。
仁成は授業をサボったり、授業中に居眠りしていることが大半だけれど、手を止めて少し考えるとスラスラと問題を解いていくのだ。
私はちゃんと居眠りせず毎回授業に出ているものの、なかなか公式が覚えられず苦戦していた。





「どうしたら仁成みたいにスラスラ解けるのかなぁ」

「数学は、問題たくさん解いて身体で公式覚えないと無理だろうな。
 がといてるのはまだ始めのほうだろ?同じような問題ばかりだから、嫌でも身体が勝手に覚えてくれるさ」





仁成に励まされて、私は少しずつ問題を解いていく。
わからなくなれば解答集を開くし、そこでさらにわからない公式が出てくれば教科書を開く。
それでもわからなければ仁成に助けを求める。
すると、仁成は丁寧に解き方を教えてくれる。
1から10まできっちり教えるわけじゃない。
けれど、仁成に教えられているからか、1か2を教えてもらうだけで10までわかってしまうのだ。
不思議なチカラが仁成にはあるんだなぁと思ったけれど、単純に考えて仁成にいいところを見せようと私が頑張っているだけかもしれない。
まぁ、私が頑張ってるって自分で言うのもおかしいけれど、わかろうと努力している自分を褒めてあげようと思った。

好きな人と一緒にいられるっていうのは、とても幸せなことなんだと実感した。
けれど、一緒にいるとおせっかいになってしまうのは、女だから?

地獄の夏休みが過ぎ、2学期が始まった。男子バスケ部はインターハイに向けて猛練習している。
気候が不安定だったこともあり、仁成が体調を崩していることは誰の目にも明らかだった。
珍しく日曜日に男女バスケ部は部活が休みになり、私は家でダラダラ過ごそうと思っていた。
けれど、ふと、頭の中を仁成のことがよぎる。
もしかしたら家で倒れているかもしれないと思い、私は急いで仁成の暮らすアパートへ向かった。
もちろんそれは私の心配しすぎであり、部屋の扉をノックすれば顔色の悪い仁成が出てきた。






「どうした?宿題でもしに来たのか?」

「ううん、仁成の調子悪いみたいだから心配で来たんだけど・・・」





心配するほど悪くはないな、と言いながら仁成は部屋の扉を大きく開いた。
私に入れと言いたいのだろう。
遠慮なく私は仁成の部屋にお邪魔する。
珍しく仁成の部屋が散らかっている。
学校で配られたプリント、数学や化学の問題集、国語の教科書、みな床に放置されていた。
仁成は月曜日の英語の単語テストに備えて勉強していたみたいだ。
机の上には教科書と真っ黒になるまで単語が書き詰められたルーズリーフがおいてある。
少し、ルーズリーフの字も元気がないように見える。
仁成は単語テストの勉強を続ける。
私はその隣で仁成を見ていたけれど、手持ち無沙汰なので部屋の片づけをする。
プリントを整理していらないものは処分する。教科書と問題集は本棚に戻す。
シンクにたまった洗われていない食器を片付けて、冷蔵庫の中を物色する。
目新しいものは何もなく、調味料と飲み物だけががらんとした冷蔵庫の中に置いてあるだけ。
まともな食事をしていないのだろう。体調が悪くなるのもわかる。疲れがどんどん蓄積されているんだ。





「ねぇ、ちゃんとごはん食べてる?」

「ん?・・・まぁ、な」





目は机の上のルーズリーフと英語の教科書にやったまま、仁成が答えた。
それは無意識のうちの返事にしか思えなくて、私は困惑する。
仁成は自分の体調の変化に気づいていないのだろうか?
そんなわけない。アスリートなら些細な変化にも気を配るものだから。





「ねぇ・・・本当に大丈夫なの?ごはん食べてないでしょ。このままだと倒れちゃうよ」

「倒れたら倒れたで、仕方ないだろ?」

「そりゃ仕方ないけど、あたしが心配して言ってんのに、そういう言い方ないでしょ!」





に心配してくれなんて頼んだ覚えはないな。・・・もう帰ってくれ。俺、勉強するから」





声のトーンが低い。仁成が怒っているのは明白だった。
私は「うん」とだけ言い残して仁成の部屋を出た。
重い空気が私と仁成の周りに広がっていた。

きっと幼馴染というポジションだからできることがあると思っていて、必要以上に仁成に干渉していたんだ。
仁成だってもう高校生だから、一人でたいていのことはできるはずだ。
知らず知らずのうちに、仁成に迷惑かけてた。
一人で落ち込みたかった。静かな場所で過ごしたくなった。
かばんの中に定期が入っていることを確認して、私は電車に乗った。

国府津の海で、一人になりたかった。

一人で電車に乗る。学校に用も無いのに電車に乗る。
駅から一人で歩く。潮風が生暖かい。
制服姿でなく国府津の海に来るのは初めてかもしれない。
いつも、仁成や国府津の仲間と一緒に、学校帰りに来ていたから。
私の足音以外、誰の足音も聞こえない、とても静かな日。

スニーカーが砂に埋もれる。
一歩一歩前へ進み、砂浜を踏みしめるように歩く。
波が寄せては返す。
私は砂浜にしゃがみこむ。そのまま砂の上に足を伸ばし、気持ちよくなってきたら上半身も倒して仰向けになる。
潮風が、私の顔や髪、腕を優しく撫でていく。
しばらく目を閉じていた。
無防備かもしれない。けれど、こんな日に誰も国府津の海には来ないから。

ポケットに入れたままの携帯電話。
着うたが鳴ったから、私は身体を起こし携帯を確認する。
メールの受信通知、相手はよく話すクラスメイト。
メールを確認すると、数学の宿題がわからないから教えてくれ、と猛烈に助けを呼ぶ絵文字が多用されていた。
のん気だなと思いながら、その子の家は国府津だから今から行こうと思い返事を打ち始めた。
ザクザク砂の上を歩く音が聞こえ、私は振り返る。
少し顔を赤くした仁成が、ジーンズのポケットに手を突っ込んで歩いてきた。





「何やってんだよ、寝転がったりして」

「ひ、ひとなり・・・」





仁成は自然な動きで私の背中や髪についた砂をはらってくれた。
そして、私の隣に同じように座って足を投げ出す。
しばらく二人とも何も話さなかった。私の場合、話せなかった。あの出来事があったから、仁成はまだ怒っているはず。





「さっきは、悪かった。帰ってくれとか言ったりして。が心配してくれてるのに、素直にならなくて・・・」

「仁成は悪くないよ。私のほうこそ、余計なことしちゃってごめんね」

「違う、余計なことじゃないんだ。
 が出て行ってから、どう言えばいいかよくわかんねぇんだけど、なんか、ぽっかり穴が開いたみたいで。
 俺、一人暮らしだし見落としてるところがたくさんあってもがそのうち見つけて直してくれるから安心してた。
 日常になってて、それが当たり前だと思ってて、がいることが当たり前だと思ってた。だから・・・」

「も、もういいよ!私は大丈夫だからさ、ね?なんか、そういうふうに思ってもらえて、すごく嬉しいよ」





「あ」と仁成が声をあげて口元を緩める。
の笑顔、久しぶりに見た」と。
私は立ち上がり、仁成に手を差し出す。





「迎えに来てくれてありがとう。うちに、帰ろう」

「あぁ、帰るか」





仁成は私の手を掴んで立ち上がり、そのまま私たちは手を繋いで歩いた。
ごめんよ、今日は数学の宿題手伝ってあげられないや。
仁成と一緒にいさせてください。

仁成は電車の中で私の肩に頭を載せて眠っていた。
熱があるのに、無理して国府津まで来たんだ。
うちに着いたら早く休ませてあげよう。
仁成の面倒は見るからさ、また元気に学校へ一緒に行こうね。










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全く不動ってタイトルと関係ないかも。
「動かない」ってところから、「変わらない」っていうのが浮かんだので。
私には幼馴染と言えるほど仲がよかった人はいないからよくわかんないけど、
コナンとかFF7とか見てると幼馴染も大変だなと。


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