どうでもいいことだけれど、自然に溢れてくる。

だから、いつも自然会話。





      # 自 然 会 話 #





「まだいたのかよ」

俺は呆れて顔を覆ってしまった。
は30分以上、この外の空気にさらされた渡り廊下にいる。
本館と新館を繋ぐ3階にある渡り廊下は、グランドが全部見渡すことができるので、普段から人は多いのだ。
今日は珍しくしかいないが、がずっと居座っていると言ったほうが正しい。
彼女は俺が音楽室の掃除当番を終えた頃から今に至る約30分、ここにずっといたようだ。
掃除の時に先生からもらったメモを落とした事に気づいた俺は、今、音楽室へ探しに来たのだ。
ぱっと渡り廊下を何気なく見たら彼女がいた。それだけ、それだけ。

はあまり顔色が優れないようだ。青白い顔でグランドを眺めている。
とはいえ、焦点が合っていないから眺めていると言ってよいものか。
時々、風が制服のスカートをはためかせる。
白のルーズソックスを履いた足が細いことは一目瞭然。
紺のハイソックスを履けば似合うと思うけれど、口には出せずにいた。
どう考えてもセクハラ発言に違いないからだ。





「まだいました。もう少しここにいます」

「風邪ひくぞ」

「別に構わないよ」

「俺が困る」





ぎょっと驚いたは、俺の顔を凝視する。
黒々とした瞳が2つ、こちらを直視していて俺は目のやり場に困った。
2つにまとめられた黒い髪。
少しほどけていて、こぼれた髪がサラサラと流れる。なんだかいい香りがする。
けれど、困っている場合ではないのでの隣に並んで話す。





が風邪ひいて寝込んでるところは見たくない」

「じゃぁ見なきゃいいじゃん」

「俺が何にもしてやれないだろ」

「別に何にもしてくれなくても構わないよ」





自然にかわされた。いつもこうだ。
ただの男女関係なら言うはずの無い言葉を放っても、は意図的かどうかはわからないがさっとかわしてしまう。
何をしていたのか尋ねても、別にと答えるだけなのはわかっているので、俺は尋ねない。
2人並んでグランドを見渡す。
サッカー部がグランドを駆け回り、野球部がノックをしている。
隅のテニスコートでは校内試合でもやっているのだろう。ギャラリーが多く、盛り上がっている。
は「人が動いてる」と当たり前のことを言い放った。
確かに、ここから見る景色は、俺にとって客観的なものに見える。
自分が隔離された世界から、この人が動いている世界を見ているのだ。
ほんの100メートルも離れていない世界のことなのに。

そういえば、よくがこの渡り廊下に1人でいるな、と思った。
この世界をどういう目で見ているのだろう。





「不思議なんだよね。同じ学校の中なのに全然違う世界みたいなの。
 みんな動いていて、自分だけ取り残されたみたいでね。
 それを見てると頑張ろうって思えるの。
 皆もこうやって毎日歩いて走って頑張ってるから、私もちゃんと前を向こうってね」

「そうだな」

「だから、ここによくいるの。ひとりでこうやっていろんな人を見て、エネルギーを蓄えてるの。
 ・・・変な子かなぁ、私って」





俺は首を大きく振った。ちっとも変じゃない。
落ち込んだら前を向いて歩くためのエネルギーをどこかで充填しなくてはならない。
はここで充填しているんだ。
・・・じゃあ俺はどこでしているのだろう。
いつも目で追って、話して、少しだけ笑って、元気をもらう。

はふわりと笑う。
俺はこれだと思った。この笑顔で少しだけ元気になれる。と話すと自然体でいられる。
エネルギーを分けてもらってる。
そう話すと、はそれをきっぱり否定した。





「それは私のおかげじゃなくて柊が自分で充填してるんだよ。私が分けた覚えは無いもん。
 でも、私がエネルギー蓄えるきっかけになるんだったら・・・ちょっと嬉しいかも」

「そうだな、エネルギーをもらってるんじゃなくて、そのきっかけをもらってるんだな」

「そうね」





突風が俺たちを襲う。
空高く舞い上がる風はの髪を結んでいた細いリボンを巻き上げていく。
「あっ」と小さな悲鳴のような声を上げたは手を精一杯伸ばすが、リボンはその指先にかすっただけで遠くへ飛んでいった。
俺たちはリボンが見えなくなるまで見送っていた。

は残された片方のリボンをほどいて、手ぐしで髪を整える。
「リボン、とんでっちゃった」と笑いながら言うが、内心かなり落ち込んでいるのだろう。
友達か誰かにもらったものだと聞いたことがある。
思い出の詰まった大切なリボンのはずだ。
けれど、は「もう帰るね」と手を振りながら校舎の中へ消えていく。
俺はどうしたものか考えて、昇降口へ向かった。

上履きから外靴に履き替えて、学校の外壁沿いを歩く。
校舎の裏手の壁沿いを上下左右くまなく見ながらリボンが落ちていないか探す。
ただ、茶色のリボンだから何かにまぎれて見えないかもしれない。
見つかる確率50パーセントと勝手に仮定して、俺は歩いていた。
向かいから歩いてくる人影があることに気付かずに。





「何してんの?」

尋ねられて顔を上げた。がかばんを提げて立っている。
髪が2つに束ねられていた。しかも、あの茶色のリボンで。





「そのリボン、どうした?」

「え、これ?さっきそこに落ちてたの。
 まさか見つかるとは思わなかったけど、一応探そうと思ってこっちから遠回りしてきた」

「そうか。よかったな」

「もしかして、探してくれてた・・・とか?」





こくりと頷くと、はとても申し訳なさそうな顔をして、謝った。
謝るようなことではないから、俺は謝らなくていいと頼む。
するとはかばんの中からピンク個包装された何かを俺の手にまるめこむ。
それはピーチ味のあめ玉。





「それ、あげる。とりあえず気持ちばかりのお礼」

「あ、ありがとう。別に、俺、何にも見つけてないけど」

「いいの。もらって」





にこっと笑っては俺の横を通り過ぎる。
そして、突然振り返るのだ。





「そういえば、ルーズよりハイソ履いたほうがいいって言ってたらしいけど、ほんと?」

「あ、あぁ。そう思ってるけど、言ったか?」

「そうなんだ。それなら履いてもいいかもね」

「どうして?」

「ん?柊が言うならいいかなーって思うの」





なんだかよくわからない理由だなと思いながら。
前から思ってたけど、その茶色いリボンがすごく似合ってると。
言ってみれば、少し顔を赤くして「ありがとう」と言う君がいる。









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全くもって難しいお題です、自然会話なんて。
自然な会話ですかね、コレ。不自然極まりないかも。
カップルでもなく、幼馴染でもなく、ただのクラスメイトで、
自然な、しぜーんな雰囲気が出したかったのだけど、大失敗だね。
たまに窓の外を眺めて人の動きを観察します。
頭を冷やすにはもってこいなんで、30分くらいぼーっとしていたことも(笑


I'll dream ... ?
dream select page ... ?

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