[ 八月の天の川 ]





誕生日は七夕だった。子どもたちは笹に飾り付けをして短冊に願いを込める。高校生にもなって短冊を飾ったりはしないけれど、願い事がない人なんていないだろう。俺だって好きなだけバスケットをやる、第一志望の大学に合格する、そんな願いがあったりする。いちばん叶えたい願いは、さんとデートしたい、だ。もうすぐお盆休みでさんも帰省するだろう。そうすれば、1日くらいはデートできるだろう。きっと学生時代の同級生や関東にいる同期社員との飲み会で忙しいとは思うけれど。

さんからお祝いのメッセージは着日指定の郵便で届いた。流れるように爽やかな字が描かれた手紙が、俺の誕生日を祝ってくれて嬉しかった。電話はかかってこなかった。かかってきたら積もる話が終わらなかっただろうし、さんも電話できるほど暇ではないだろう。社会人がどれほど忙しいかわからないから、自分の時間は自分のために使ってほしい。
「アルバイトがない分、学生時代より休みもあって風邪引かなくなったから健康的だよ」とよく言っているけれど、休みの日以外は仕事の責任を背負っているわけだから学生とは普段の生活が違いすぎる。
夏休みに入ってすぐ7月下旬、さんから突然のお誘いの連絡が来た。

「仙台に行かない?」

唐突すぎて即答できないし、どうして仙台? 少し遠いなと思いつつ、まずいつ行くのかを尋ねると8月6日から8月8日のいずれかだった。少なくともさんのお盆休みではないのにどうしてだろう。イベントがあるのかと思えば、予想通り返事が来た。

「仙台で七夕祭りがあるから見に行かない?」

旧暦の七夕に当たる8月上旬に仙台で行われる七夕祭り。そんなものがあることを知らなかった。七夕なんて子どもが喜ぶイベントだと思っていたが、大人が楽しむ七夕祭りもあるのか。わざわざ仙台に行くほどのことなのかと思いつつ、そこに大人のさんと高校生の俺との価値観の違いがあることに気づいて心がざわつく。
高校生と社会人。未成年と大人。神奈川と兵庫。年下の俺と年上のさん。年の差は6歳。何もかも差がありすぎて普通だったら成り立たない関係だ。でも、さんから誘ってもらえるのは、この関係が破綻していないということ。
滝のように汗が流れる暑さが続く中、七夕祭りに行く日がやってきた。新幹線に乗って小田原までやってきたさんと合流し、新幹線で仙台に向かう。

北に向かえば涼しくなるかと思えば、仙台も神奈川と変わらず暑かった。多少最高気温は低いかもしれないが、涼しい風が吹くわけでもなく、日差しは厳しい。涼しい店内でアツアツの牛タンを食べて、ショッピングビルに飾られたキャラクターの七夕飾りと一緒にさんの写真を撮って、商店街の七夕飾りを見上げながら練り歩く。何気ないことに心が穏やかになる。さんはこれがほしかったのか。

「なんか、楽しいですね」
「楽しい? よかったー。若者にはつまらないかと思ったんだけど。牛タンもおいしかったし、キャラクターの飾りも見られて私はすごーく楽しかった! あっ、お土産買って帰らないとねー」
「何買うんですか?」
「定番のお菓子かな? 暑いから生ものは買えないしね。覚司くんの分も買おうか?」
「さすがに、新幹線代を出してもらってるので自分で買います」

ふと、織姫と彦星のことを思い出した。一年に一度だけ、七夕の日に会える二人に自分たちを重ねてみる。一年に数回は会えるし、メッセージのやりとりや通話で意思の疎通はできる。さんはわざわざデートの度に帰省してくれる、いや、逆か。高校生の俺は受け身にならざるを得ないけれど、大学生になってアルバイトもできればさんが暮らす場所に遊びに行くこともできるだろう。

短冊に願いを書くなら「早く大人になりたい」ただそれだけ。歳を重ねても、さんとの年の差は縮まらない

「私たちってなんだか織姫と彦星みたいだね。年に数回しか会えないし」
「1年に1回に比べたら多いじゃないですか」
「そうだね。そもそも私が『姫』って感じじゃないから違うね。私たちの関係って何だろう」

恋人だと胸を張って言えなかった。やっぱり早く大人になりたい。

「あっ、覚司くんが彼氏じゃないっていう意味じゃないからね! わたしは、年に数回しか会えなくても、覚司くんの彼女でいたいけど、遠距離だし、近くにいい子がいたら、いいんだよ?」
「何が、いいんですか?」
「……別れても、いいんだよ。無理して付き合うことないんだよ」
「俺は別れるつもりはないです。俺はさんから見たらまだまだ子どもですけど、さんのことが好きですから」

目を大きく見開き、少しの間をおいてさんは微笑んで「私も覚司くんが好きだよ」と言ってくれた。さんの手を取り、商店街の中にあるカフェに立ち寄って少し休憩して、お土産を買い込んで帰りの新幹線に乗り込んだ。日帰りだけれど新幹線に乗って、小旅行気分のデートだった。




* * * * * * * * * *

数年前に七夕祭りに一度だけ行ったことがあります。飾りを見るだけなのに楽しかった。 そんなコロナ禍前の夏の思い出。
七夕になると、高岩さんのお誕生日夢を書かないとなと思って書きました。そして七夕祭りが終わる前に書ききれず、、、

inserted by FC2 system